ジュール=アレクシ・ミュニエ

ジュール=アレクシ・ミュニエ(Jules-Alexis Muenier、1863年11月29日 - 1942年12月17日)はフランスの画家、写真家である。

ジュール=アレクシ・ミュニエ
Jules-Alexis Muenier
誕生日 1863年11月29日
出生地 フランス、リヨン
死没年 1942年10月28日
死没地 フランス、Coulevon
テンプレートを表示

略歴 編集

リヨンで生まれた。父親はジャーナリストで、「L'Aube」や「L'Indépendant de l'Oise」の編集長を務めた。トロワボーヴェの高校で学び、美術のクラスで才能を見出され1881年にパリのエコール・デ・ボザールに入学しジャン=レオン・ジェロームの教室で学んだ。一緒に学んだ、パスカル・ダニャン=ブーベレギュスターヴ=クロード=エティエンヌ・クルトワと親しくなった。

1885年にパリからオート=ソーヌ県のクルヴォン(Coulevon)に移り、マリー・パリ(Marie Pâris)と結婚した。義理の父親から財産を受け継ぎ、クルヴォンの村に邸を持った[1]。1887年にサロン・ド・パリに出展し賞を得た[2]。奨学金が与えられて、スペインを旅し、モロッコフェズタンジェまで旅した。「オリエンタリズム」が流行していたのでモロッコには、ルイ=オーギュスト・ジラルドやルネ=グザヴィエ・プリネといった画家たちが滞在していた。ミュニエは友人のダニャン=ブーベレとアルジェリアまで旅した。アルジェの夕暮れの風景画や現地の女性の人物画を残した。

自らの住む地方の人々の生活や、風景を描いた。2年間滞在したコルシカ島や息子が住んだスイスの風景も描いた。

1911年にレジオンドヌール勲章(オフィシエ)を受勲した。1921年に芸術アカデミーの会員に選ばれた。

作品 編集

脚注 編集

  1. ^ Musée Georges-Garret Vesoul, Itinéraires champêtres Jules-Alexis Muenier peintre sous la III° république, Vesoul,‎
  2. ^ Henri Rameau, disciples de Gérome, Henri Rameau,‎ (ISBN 2-902423 (édité erroné), notice BnF no FRBNF34843804)

参考文献 編集