喜界島方言

鹿児島県の喜界島で話されている方言
喜界語から転送)

喜界島方言(きかいじまほうげん)または喜界方言(きかいほうげん)は鹿児島県奄美群島喜界島で話される方言言語)である。琉球諸語(琉球語、琉球方言)に属す。エスノローグでは喜界語(きかいご)(Kikai language) としている。現地では「シマユミタ」と呼ばれる。

喜界島方言
喜界語
シマユミタ
2009年7月22日の日食に際して来島者を歓迎する横断幕
話される国 日本
地域 喜界島鹿児島県奄美群島
話者数 13,000 (2000 年)[1] 
言語系統
言語コード
ISO 639-3 kzg
Glottolog kika1239[2]
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系統的位置 編集

喜界島方言の系統的位置には議論がある。中本正智は、喜界島北部方言は奄美大島方言徳之島方言と、喜界島南部方言は与論島方言沖永良部島方言とそれぞれ同じグループであるとする[3]。一方、ローレンス・ウエインは、喜界島方言が一つの方言区画を成すとする[4]

下位区分 編集

喜界島は、その面積の割に、地区による方言の差が著しい。大きく北部方言と南部方言に分かれ、北部方言では中舌母音が現われるが、南部方言では現れない。

中本(1976)[5]による下位区分。

  • 喜界島北部方言--小野津・志戸桶・塩道
  • 喜界島南部方言--上記以外の集落
    • 表方言--湾・中里など
    • 裏方言--花良治・阿伝など

音韻・音声 編集

音韻 編集

短母音は、北部の小野津・志戸桶で/i, ɪ, u, a/の4つ、中・南部の塩道・阿伝・上嘉鉄・坂嶺・湾・荒木で/i, a, u/の3つである[6]。ɪはïと表記されることもあるが、中舌性は弱い[6]。長母音は、北部の小野津・志戸桶で/iː, ɪː, uː, eː, ëː, oː, aː/の7つ、中・南部の塩道・阿伝・上嘉鉄・坂嶺・湾・荒木で/iː, uː, eː, oː, aː/の5つである[6]

子音音素は、小野津・志戸桶の場合、/p, b, m, t, tʔ, d, tsʔ, tɕ, s, z, n, ɾ, j, k, kʔ, g, ŋ, w, ʔ, h/が認められる[6]。喜界島方言では、語頭で喉頭化子音(tʔ、kʔ、mʔ)と非喉頭化子音(t、k、m)の対立がある。語中では対立はなく、普通は喉頭化音で出現する[6]。以下では語中のʔは省略して表記している。

日本語との対応 編集

北部の小野津・志戸桶では、日本語のエ段母音に対しɪが対応し、iと区別されている(小野津方言の例:miː「実」、mɪː「目」)[6]。一方、中・南部では区別なく、iに合流している(miː「実」「目」)[6]。ただしナ行では、中里・湾・荒木でもネに対しnɪが現われる[6]。また、喜界島全域で日本語のニに対応する子音は口蓋化してnʲとなっている。すなわち「荷」「鬼」などのニに対しては全域でnʲiが現われ、「根」「胸」などのネに対しては小野津・志戸桶・中里・湾・荒木でnɪ、塩道・阿伝・上嘉鉄・坂嶺でniが現われ、区別されている[6]

日本語のオ段母音とウ段母音は、喜界島方言でuに合流している。喜界島方言のe、ë、oは、ほとんどの場合、長母音として現れる。歴史的には連母音が融合したもので、eː、ëːはai、aeから、oːはau、aoから来ている場合が多い(小野津方言の例:pëː「蠅」、neː「苗」、soːdeː「竿竹」)[6]。seː「酒」、deː「竹」という例もあるが、これは語中のkが脱落した後にaeが融合したものである[6]

ハ行子音は、北部の小野津・志戸桶と中部の塩道・坂嶺・阿伝ではpが現われる。ただし閉鎖性は弱く、[ɸ](無声両唇摩擦音)が現われることもある。南部の湾・上嘉鉄などではhが現われる[6][7]

日本語のカ行のうち、キは、北部の小野津・志戸桶ではkʔiであるが、中・南部では口蓋化してtɕi/tʃi/tʃʔiとなっている(塩道方言の例:tʃʔimu「肝」)[7][6]。クは、各地でkʔuが対応している[6][8]。一方、語頭のカ、ケ、コの子音はhとなる場合がある(iの前でç、uの前でɸとなる場合もある。阿伝方言の例:hata「肩」、çiː「毛」、huɕi「腰・後ろ」)[6]。また主に北部で、語中のガ行子音に鼻音ŋが現われるが、中・南部では鼻音の衰退が進んでいる。また語によってはギがni/nʲiとなっている(志戸桶方言の例:kʔunʲi「釘」)[7][6]

琉球語の多くの方言では、日本語のス、ツ、ズ(ヅ)に対応する母音が中舌母音またはiとなっているが、喜界島方言ではuを保持している[9]。ツは、喜界島ではtʔuまたはtsʔuが対応している。同一地区でもtʔuとtsʔuとで揺れているが、小野津・志戸桶・中里などではtsʔu、塩道・湾などでtʔuとなることが多い[6][7]。トに対応する拍はtuなので、ツと区別されるが、tʔuの喉頭化が弱まっている場合もあり、その場合は区別しにくい[6]

ザ行子音は、塩道・阿伝・上嘉鉄・湾などではdとなっている(阿伝方言の例:ʔada「あざ」、tɕidu「傷」)[6]。これらの地域では、ジがdʒi/dʑi/ʑiで、ズがduで、ゼがdiで現れており[9][6]、*z>dの変化が*e>iより先に起きたと考えられる[6]。一方、小野津・志戸桶・坂嶺・荒木ではザ行子音はz、dz、ʑ、dʑといった音声で現れる[6]

日本語のチにはtɕi/tʃi/tʃʔiが対応する。テはtɪまたはtiであり、チとテの区別は保たれている[6][8]

リは、湾・花良治ではriであるが、塩道などではrを脱落させてiとなる傾向がある(塩道方言の例:tui「鳥」)[10]

文法 編集

以下、志戸桶方言の用言の活用について解説する[11]

動詞 編集

語幹 編集

志戸桶方言の動詞活用を整理すると、基本語幹、連用語幹、派生語幹、音便語幹の4種の語幹に活用語尾が付いていることが分かる。語幹を頭語幹と語幹末に分け、動詞の種類ごとに語幹末の交替を整理すると、下記の通りである。○印は語幹末や活用語尾として何も付かないことを表している。

志戸桶方言の一類動詞の語幹
日本語 頭語幹 語幹末
基本語幹 連用語幹 派生語幹 音便語幹
書く ka k k kju
行く ʔi k k kju
漕ぐ ɸu ŋ ŋ ŋju
死ぬ ʃi ŋ ŋ ŋju
殺す ɸɪQ s s su
立つ ta t tɕu Qtɕ
飛ぶ tu b b bju d
結ぶ kʔuQ b b bju
眠る nɪQ b b bju t
読む ju m m mju d
取る tu r ju t
笑う waːraː w ju t
志戸桶方言の二類動詞の語幹
日本語 頭語幹 語幹末
基本語幹 連用語幹 派生語幹 音便語幹
見る mi r ju
蹴る çɪ r ju t

二類にはmijuɴ(見る)、çɪjuɴ(蹴る)のほかに、nijuɴ(煮る)、kʔijuɴ(着る、切る)、jijuɴ(坐る)、wɪːjuɴ(起きる)、ʔijuɴ(言う)が属す。(動詞の語形は終止形2で代表して示す。以下同じ。)

志戸桶方言の三類動詞の語幹
日本語 頭語幹 語幹末
基本語幹 連用語幹 派生語幹 音便語幹
落ちる kʔaɴt ir iju it
受ける ʔuk ɪr ɪju ɪt

三類にはkʔaɴtijuɴ(落ちる)、ʔukɪjuɴ(受ける)のほかに、ʔaŋɪjuɴ(上げる)、ʔabɪjuɴ(呼ぶ)が属す。

志戸桶方言の四類動詞の語幹
日本語 頭語幹 語幹末
基本語幹 連用語幹 派生語幹 音便語幹
居る wu r ○/ju t

四類にはwuɴ/wujuɴ(居る)のほかにʔaɴ/ʔajuɴ(有る)が属す。

活用形 編集

4種類の語幹に、それぞれ活用語尾が付いて活用形を成す。活用形ごとに、結びつく語幹と活用語尾が決まっている。その組み合わせは下表の通りである。

志戸桶方言の活用形
分類 語例 基本語幹 連用語幹 派生語幹 音便語幹
語幹 活用語尾 語幹 活用
語尾
語幹 活用語尾 語幹 活用
語尾
志向形 未然形 条件形 命令形 禁止形 連用形 終止形1 終止形2 連体形 準体形 接続形
一類 書く kak oː/a a ɪ ɪ u(na) kak i kakju i ɴ ɴ katɕ i
取る tur oː/a a i i tu i tuju i ɴ ɴ tut i
二類 見る mir oː/a a i i mi i miju i ɴ ɴ mitɕ i
蹴る çɪr oː/a a i i çɪ ɪ çɪju i ɴ ɴ çɪt i
三類 落ちる kʔaɴtir oː/a a i i kʔaɴt i kʔaɴtiju i ɴ ɴ kʔaɴtit i
受ける ʔukɪr oː/a a i i ʔuk ɪ ʔukɪju i ɴ ɴ ʔukɪt i
四類 居る wur oː/a a i i wu i wu i ɴ ɴ/iɴ wut i
                wuju i ɴ        

※基本語幹の末尾がrになる動詞では、禁止形はrがɴに変わる。例えばtuɴna(取るな)、miɴna(見るな)など。

上記以外の活用をする動詞として、suɴ(する)、kjuːɴ(来る)がある。

未然形には、ɴ(否定)、suɴ(-せる)、riɴ(-れる)、ba(-ば)が付く。例えば、kakaɴ(書かない)、waraːwariɴ(笑われる)など[12]

連用形には、tui busa(取りたい)、kaki jassaɴ(書きやすい)、kaki ɴnja ʔikjuɴ(書きに行く)のような用法がある[13]

連体形は、表に示したkakjuɴ(書く)、mijuɴ(見る)、ʔukɪjuɴ(受ける)などのほかに、kakiːɴ、miːɴ、ʔukɪiɴのような形式も現れる。

準体形には、mɪ(か。尋ね)やsu(の。準体助詞)が付く。例えばda ŋa tuju mɪ(君が取るか)、ssa tuju su na(草を取るのか)など[14]

接続形は、「書いて」「見て」のような意味を表すほか、「書いた」「した」のような過去の意味を表す場合がある。また、接続形にwuɴが付いて「-ている」、ʔaɴが付いて「-た」「-てある」の意味を表す派生形式が生じている。それぞれの活用形の一部を表に示す。

  連用形 終止形1 終止形2 連体形
書いている katɕiui katɕuːi katɕuːɴ katɕiuɴ
書いた katɕai katɕai katɕaɴ katɕaɴ
書いてある katɕiai katɕeːi katɕeːɴ katɕeːɴ

形容詞 編集

奄美・沖縄方言の形容詞は、連用形を除いて、語幹に「さあり」が付いた形から派生しており、ほとんど動詞ʔaɴ(ある)と同じ活用をする。志戸桶方言の形容詞活用は、表のように2種類に分かれる。

志戸桶方言の形容詞の活用
  語幹 連用形1 未然形 条件形 連用形2 終止形1 終止形2 連体形 準体形 接続形
一類 暑い ʔatsu ku sara(ba) sari(ba) sa sai saɴ saɴ sa sati
二類 珍しい mɪdda ɕiku sara(ba) sari(ba) sa sai saɴ saɴ sa sati

ただ、二類の連用形1にmɪddakuのような形も現れる場合があり、一類と二類の区別は失われつつある。

脚注 編集

  1. ^ Kikai at Ethnologue (18th ed., 2015)[リンク切れ]
  2. ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Kikai”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/kika1239 
  3. ^ 中本正智 ・中松竹雄(1984)「南島方言の概説」飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編『講座方言学 10 沖縄・奄美の方言』国書刊行会、5頁。
  4. ^ ローレンス・ウエイン(2011)「喜界島方言の系統的位置について」『消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究:喜界島方言調査報告書』国立国語研究所共同研究報告11-01
  5. ^ 中本(1976)336-337頁
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 木部(2011)
  7. ^ a b c d 中本(1976)、338頁。
  8. ^ a b 中本(1976)、340-347頁。
  9. ^ a b 大野(2004a)
  10. ^ 中本(1976)、338-346頁。
  11. ^ 内間(1984)、303、320-330、562-565頁。音声表記は木部(2011)のものに改めた。
  12. ^ 内間(1984)、324-325頁。
  13. ^ 内間(1984)、326-327頁。
  14. ^ 内間(1984)、328-329頁。

参考文献 編集

  • 内間直仁(1984)『琉球方言文法の研究』笠間書院
  • 大野眞男(2004a),「一つ仮名弁ではない奄美北部方言の歴史的性格」日本音声学会『音声研究』 8巻 1号 2004年 p.109-120, doi:10.24467/onseikenkyu.8.1_109
  • 大野眞男(2004b),「北奄美周辺方言の音韻の特徴 : 喜界島方言・瀬戸内町方言」『岩手大学教育学部研究年報』 63巻 p.51-70 2004年, 岩手大学教育学部, ISSN 0367-7370
  • 中本正智(1976)『琉球方言音韻の研究』法政大学出版局
  • 木部暢子(2011)「喜界島方言の音韻」『消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究:喜界島方言調査報告書』国立国語研究所共同研究報告11-01
  • 飯豊毅一・日野資純佐藤亮一編『講座方言学 10 沖縄・奄美の方言』国書刊行会