関直彦

関 直彦(せき なおひこ、1857年9月4日安政4年7月16日) - 1934年昭和9年)4月21日)は、日本のジャーナリスト政治家弁護士東京日日新聞社長、衆議院議員貴族院議員

経歴

江戸で生まれる。1883年東京大学法学部法律科を卒業後、東京日日新聞入社。東京専門学校英吉利法律学校の各講師、東京日日新聞記者、日報社社長などを務め、後に弁護士となり東京弁護士会長も務めた。さらに、東京日日新聞・大阪日日新聞帝国石油の各社長などを歴任。

政界にも進出し、麹町区会議員、東京市会議員、同参事会員、東京府会議員を歴任。1890年7月、第1回衆議院議員総選挙に和歌山県第3区から出馬し当選。その後、第2回総選挙第6回総選挙は和歌山の選挙区で当選し、第9回から第15回総選挙は東京府の選挙区で当選し、衆議院議員を通算10期務めた。この間、第13代衆議院副議長、立憲国民党幹事長、同総務を歴任。

1927年4月、貴族院勅選議員に任じられ、同和会に属し死去するまで在任した。

参考文献


議会
先代:
肥塚龍
日本の旗 衆議院副議長
第13代: 1912 - 1914
次代:
花井卓蔵