アドリアーン・ファン・オスターデ

アドリアーン・ファン・オスターデ(Adriaen van Ostade, 1610年-1685年)は、フランドル画家オランダ農民ブルジョワ階級の人々の日常生活を描いた作品で知られている。油彩だけでなく水彩画エッチング等も残っている。弟のイサークも画家。

アドリアーン・ファン・オスターデ
Adriaen van Ostade
Frans Hals, Adriaen van Ostade, c. 1645 alt. 1648.jpg
フランス・ハルスによる肖像画
生誕 Adriaen Jansz Hendricx
1610年
ハールレム
死没 1685年
ハールレム

経歴編集

アドリアン・ファン・オスターデはハールレム生まれ。父親はアイントホーフェン近郊のオスターデという町出身の織工であった。[1]1627年にフランス・ハルスの弟子となる。当時ハルスの弟子にはアドリアーン・ブラウエルがおり、オスターデはブラウエルの影響を強く受けたものと思われる。[2]1632年にユトレヒトにいた記録があるが、1634年にはハールレムに戻り聖ルカ組合に登録される。[2]1640年頃の作品からは明暗法によりレンブラントの影響を受けていることが伺える。 1661年には聖ルカ組合の長となっている。

後に工房を構え、弟子をとった。その中にはコルネリス・ベガコルネリス・デューサルトヤン・ステーン等がいる。

作品編集

油絵編集

版画編集

参照編集

  1. ^ Century Magazine by Timothy Cole Volume 48, Issue 2 (June, 1894)Old Dutch Masters. Adriaan Van Ostade
  2. ^ a b Adriaen van Ostade in the w:Netherlands Institute for Art History