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『ホビットの冒険』におけるアーケン石編集

ドワーフトーリン・オーケンシールドの先祖であるドゥリンの一族英語版の王、スライン1世(第三紀1934 - 2190年)が、エレボール英語版(はなれ山)の底根で発見した、白く輝く大きな宝石で、山の精髄(the Heart of the Mountain)と呼ばれている。ドゥリンの一族の家宝として伝えられてきたが、ドラゴンスマウグがエレボールを襲った時(第三紀2770年)、アーケン石もドワーフたちの他の財宝と同様、スマウグに奪われた。

トーリン・オーケンシールド率いるドワーフたちは、ホビットビルボ・バギンズと共に、先祖の宝をスマウグから奪回するためにエレボールへの遠征を行ったわけだが、トーリンが何にもまして取り戻したいと熱望していたのが、このアーケン石であった。

トーリンはアーケン石を次のように描写している:

「アーケン石、ああ、アーケン石よ!」とトーリンは、夢みるようにひざの上にあごをのせて、くらやみのなかでつぶやきました。「千の切りだし面をもった大きな球じゃった。火をうければ白銀のごとく、日の光にかざせば水のごとく、星々の下で見れば雪のごとく、月の光をあびて雨のごとく、かがやいたものよ。」[1]

アーケン石をスマウグの財宝の山の中から発見したのは、ビルボであったが、彼が近づくにつれてその白い輝きは増し、ぼうと青白い光を放った。「ビルボのたいまつの火のゆらめきにはえて、石のおもては、虹のようにちらちらとさざなみだつあらゆる色あやに彩られ」、「このアーケンの石は、その上に落ちるあらゆる光をおさめて、虹の多彩をまじえたさんぜんたる白光の千万の滝にかえてしまう」のだった。[2] この石の魔力にひかれて、ビルボの手は石へとのびた。彼の小さな手では覆うことができない大きさであり、また重くもあったのだが、彼は目を閉じると石を持ち上げ、自分のポケットの奥深くへとしまい込んだ。そして、トーリンが何よりもこの石を欲していることを知りながらも、この重大な発見を秘密にしていた。

スマウグは、怒りの矛先を湖の町エスガロス英語版にも向け、甚大な被害を与えるが、バルドによって射殺される。この竜退治の勇者バルドが、湖の町を代表してドワーフたちにスマウグの宝の分配を求めると、ドワーフたちはこれを拒絶する。この紛糾を解決すべく、ビルボは山に立てこもったドワーフたちの元をこっそり抜けだし、アーケン石をバルドに差し出す。トーリンが「黄金の川もおよばぬ」と言い、また「トーリンの命」[3]であるこの石を、ドワーフたちとの交渉に使ってもらいたいと申し出たのであった。

バルド、エルフ王スランドゥイル、そしてガンダルフは、これをドワーフたちとの取引の切り札として提示するが、トーリンたちのもとには親族の鉄の足ダインも援軍に加わり、宝をめぐる紛争は戦いへと転じたのだが、その直後にゴブリンとワーグの急襲を受け、ドワーフたちは一転、エルフと人間と共に共通の敵であるゴブリンとオオカミと戦う。この五軍の合戦において、トーリンは致命傷を負い、落命した。 トーリンは山の奥底深くに葬られ、トーリンの亡骸の胸には、バルドの手により、アーケン石が置かれた。

「山がくずれるまで、その胸にいこわせよう!」とバルドがいいました。「ここに住むトーリンのともがらに、のちのちまでよい幸せをもたらすように!」[4]

アーケン石 (Arkenstone) の語源編集

Arkenstoneの語源は、古英語eorclanstān「宝石」である[5] [6]。この古英語の単語は、eorcnan-, eorcan-, earcnan-といったヴァリアントがあるが、『ベーオウルフ』の第1208行に使われている(eorclan-stānas)。

また、キュネウルフによる古英語詩『キリスト 第一部英語版』では、earcnanstān「宝石/聖なる石」という語が使われており、古英語のeor-は現代英語においてear-と変化するのに対して、ear-で始まる語はar-となることから、ジョン・D・ラトリフ英語版は、トールキンのArkenstoneの語源は、『ベーオウルフ』のeorclan-stānasよりも『キリスト 第一部』のearcnanstānの可能性が高いと指摘している。

古ノルド語の『古エッダ』の『ヴォルンドルの歌』(Vǫlundarkviða )におけるiarknasteinaも同語源である。 ヤーコプ・グリムDeutsche Mythologie /Teutonic Mythology (1844)第3巻において、グリムはゴート語aírkna-stáinsaírknisは「神聖な」の意)と古高ドイツ語erchan-steinが対応すると述べており、「乳白色の卵形のオパール」ではないかと言っている[7]。 トールキンはドワーフたちの名前を の『古エッダ』の冒頭の『巫女の予言』から採っているので、[8]古ノルド語の形を英語化したものと考えることも可能である[9]

アーケン石に関する考察編集

アーケン石は、初期の原稿においては、「ギリオンの宝石」(the gem of Girion)となっていた[10]

ダグラス・アンダーソンおよびジョン・ラトリフが指摘しているように[11] [12]、『ホビットの冒険』のアーケン石と『シルマリルの物語』の宝石シルマリルは、非常に似通った描写をされている。

地の底最も深く設けられた宝庫の闇の中にあってさえ、シルマリルはそれ自身の光で、あたかもヴァルダの星々の如く輝いたのである。しかもなおシルマリルは、まことに生けるものであるが故に、光を喜び、受けた光を照り返し、さらに陸離たる光彩を放つのであった[13]

トールキンは、自らの神話作品The Earliest Annals of Valinorの古英語のヴァージョンを書いているが、この中で、アーケン石の語源であるeorclanstānasという単語を、シルマリルの宝石に用いている[14]

ゴート語のaírkna-stáinsの「聖なる石」という概念は、シルマリルにも相当するものである。 また、シルマリルに対するフェアノールの激しい所有欲と、アーケン石に対するトーリンのそれとも共通し、両者の悲劇の元となっている。 『ホビットの冒険』の執筆時において、トールキンが自らの神話作品のシルマリルをアーケン石として「引用」したという解釈もある[15]

またラトリフが指摘しているように、『ホビットの冒険』においてビルボがアーケン石を偶然発見し、ポケットに収めた行為は、ビルボの指輪発見の状況とも共通している。『ホビットの冒険』における指輪は、ゴクリの執着ぶりにその片鱗が認められるものの、『指輪物語』におけるような抗しがたい所有欲を引き起こし、影響力を振るうものではない。『ホビットの冒険』でアーケン石に与えられたその魔力が、『指輪物語』における指輪に引き継がれたと解釈することもできる[16]

脚注編集

  1. ^ 瀬田 2000, p. 124
  2. ^ 瀬田 2000, p. 135
  3. ^ 瀬田 2000, p. 202
  4. ^ 瀬田 2000, p. 241
  5. ^ Anderson 2003, pp. 293-294
  6. ^ Rateliff 2007, p. 605
  7. ^ Grimm & Stallybrass 1883, p. 1217
  8. ^ Anderson 2003, pp. 77-78
  9. ^ Rateliff 2007, pp. 605-606
  10. ^ Rateliff 2007, p. 525, passim.
  11. ^ Anderson 2003, p. 294
  12. ^ Rateliff 2007, pp. 603-609
  13. ^ 田中 1982, p. 102
  14. ^ Tolkien n.d., p. 282
  15. ^ Rateliff 2007, pp. 603-609
  16. ^ Rateliff 2007, p. 373

参考文献編集

  • Anderson, Douglas (2003), The Annotated Hobbit, London: Harper Collins .
  • Grimm, Jacob; Stallybrass, tr. (1883), Teutonic Mythology, vol. III .
  • Rateliff, John D. (2007), The History of The Hobbit: Part Two: Return to Bag-End, Boston and New York: Houghton Mifflin Company .
  • Tolkien, Christopher, ed. (n.d.), The Shaping of Middle-earth, The History of Middle-earth, IV .
  • 瀬田, 貞二 訳 (2000), J. R. R. トールキン 『ホビットの冒険』, 岩波少年文庫 059, 下巻, 岩波書店 .
  • 田中, 明子 訳 (1982), J. R. R. トールキン 『シルマリルの物語』, 上巻, 評論社 .