イースタン航空66便着陸失敗事故

イースタン航空66便着陸失敗事故(Eastern Air Lines Flight 66)は、1975年6月24日アメリカ合衆国で発生した航空事故

イースタン航空66便
事故機と同型のイースタン航空 ボーイング727-200
出来事の概要
日付 1975年6月24日
概要 ダウンバーストによるウインドシア
現場 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ジョン・F・ケネディ国際空港
乗客数 116
乗員数 8
負傷者数 9[1]
死者数 115[2]
生存者数 9
機種 ボーイング727-225
運用者 アメリカ合衆国の旗 イースタン航空
機体記号 N8845E
出発地 アメリカ合衆国の旗 ニューオーリンズ国際空港
目的地 アメリカ合衆国の旗 ジョン・F・ケネディ国際空港
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事故原因として気象現象のひとつウインドシアが初めて注目された事例である。

事故の概略 編集

1975年6月24日、イースタン航空66便はルイジアナ州ニューオーリンズを出発し、目的地のニューヨークにあるジョン・F・ケネディ国際空港の22L滑走路に着陸すべく最終アプローチ中であった。66便の直前に着陸した複数の航空機は雷雨を通過した際にダウンバーストに遭遇したが、無事着陸していた。その中には一時的に墜落寸前の状況となったイースタン航空のトライスター(イースタン航空902便)もあったが、地上の管制塔の気象観測器ではそのような強い風は観測されていなかったことから、滑走路を閉鎖する措置は講じなかった。

しかし66便は、着陸アプローチ中に巨大なウインドシアに遭遇した。大きく機体が持ち上げられた後で雷雲の中心からの強い下降気流につかまり、速度の低下と急激な降下率という致命的な状況に陥った。その結果、滑走路の手前2400フィート(約730m)の地点にあった誘導灯に激突し、機体の左翼外縁を引き裂かれながら大きく旋回して大破、炎上した。

この事故で乗員乗客124名のうち12人が救助されたが、そのうち3人が事故から1週間後に病院で死亡した。最終的な生存者となった客室乗務員2名と乗客7名は、いずれも66便の機体後部に着席していた。なお、国家運輸安全委員会(NTSB)では事故後7日目以降に死亡した搭乗者は事故による死者数としてカウントしないものとしている。

事故原因 編集

 
墜落現場

事故原因について当初は操縦ミス説もあったが、気象学者の藤田哲也が、事故原因はダウンバーストに機体が突入したことによるものと証明した。66便は高度500mを飛行中にダウンバースト(マイクロバースト)に遭遇し、急激に高度を落としていた。この時に乗員は計器ではなく外の対象物の視認に努めていたが、激しい雨のため視界はきかなかった。また、機体が地表付近の下降気流によって大きく押し下げられている事実にも気づいておらず、事故寸前になって着陸復行を試み地表への激突を回避しようとしたが手遅れだった。

NTSBはウインドシアの規模から推測して、着陸復行は難しかったという見方を示した。その上で、事故の最大の要因はウインドシアが発生している気象条件の下で着陸しようとしたことであると結論づけた。また、藤田がドップラー・レーダーによりウインドシアの発生を事前にある程度予測可能であることを立証したことから、世界各地の空港にドップラー・レーダーが配備される契機ともなった。

脚注 編集

  1. ^ 事故後1週間以内の生存者は12人。
  2. ^ 事故1週間後以降に死亡した者を含めない場合は112人。

参考文献 編集

  • デビッド・ゲロー「航空事故」(増改訂版)イカロス出版 1997年

関連項目 編集