エリオット・B・ルーズベルト

エリオット・ブロック・ルーズベルト(Elliott Bulloch Roosevelt、1860年2月28日 - 1894年8月14日)は、エレノア・ルーズベルトの父、セオドア・ルーズベルト大統領の弟。

Elliott Bulloch Roosevelt
Elliott Roosevelt and Children.jpg
エリオットと3人の子供。左からホール、エレノア、エリオット・ジュニア。1892年撮影。

生い立ち編集

セオドア・ルーズベルト・シニアマーサ・ブロック・ルーズベルトの三子として生まれた。兄はセオドア・ルーズベルト、妹コリーヌ・ルーズベルト・ロビンソン、姉バミー・ルーズベルトがいた。アーバイン・ブロックは母方の伯父である。[1]兄セオドアとは常に競争関係であり、若い頃は学問において、勝っていたが、最終的には大統領となった兄の方が大成した。この競争は、娘の代に持ち越された。快活かつ魅力的であり、また若い頃から飲酒をしていた。

結婚編集

1880年10月27日にアリス・ハサウェイ・リー・ルーズベルトと結婚した。1883年、[2]アンナ・ホール・ルーズベルトと結婚し、3人の子供がいた。

この後、日常的に飲酒するようになり、アルコール依存症となり、息子ホールは苦悩した。

飲酒問題が原因でアビングドンに追放され、絶えず主にエレノアに手紙を書いた。

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34歳の時、窓から飛び降りて自殺を試み、次の秋を越したが、発作に苦しみ、数日後に死亡した。動機は不明である。

ケイティ・マン編集

アンナが採用した若い女中ケイティ・マンと息子をもうけた。エリオットの兄弟は、探偵を送り、調査させ、法廷外で1万ドルで和解した。マン家によると、お金が明らかにケイティの弁護士によって略奪され、子供たちは全額を受け取っていないという。エレノア・ルーズベルトと異母兄弟エリオット・ルーズベルト・マン(c. 1890—1941)は親交があった。[3][4]

脚注編集

  1. ^ Wilson, Walter E. and Gary L. McKay (2012) "James D. Bulloch; Secret Agent and Mastermind of the Confederate Navy" Jefferson, NC: McFarland, p. 264
  2. ^ Spinzia, Raymond E.. “Elliott Roosevelt, Sr. – A Spiral Into Darkness: the Influences”. The Freeholder. 2010年7月閲覧。
  3. ^ H. W・ブランド T.R. The Last Romantic
  4. ^ ジャン・エドワード・スミス FDR (2007), New York: Random House, 2007, p. 42: "Whatever happened to the funds, there is no doubt that Elliott Roosevelt Mann was Eleanor's half brother."