カール・アウグスト・ボレ

カール・アウグスト・ボレ(Carl August Bolle、1821年11月21日 - 1909年2月17日)はドイツの博物学者である。

Carl Bolle (1902)

略歴編集

ベルリンのシェーネベルクの裕福な醸造業者の息子に生まれた。ベルリン最古の公立学校、 Französische Gymnasiumで学んだ後、ベルリン大学ボン大学で博物学を学んだ。1842年にドイツの自由主義運動を主導したブルシェンシャフト(学生組合)に加わったが[1]、1846年に再度、ベルリン大学に入学し、医学を学び、高山植物に関する論文で博士号を得た。医学の博士号を得たが、医師として働くことは無く、博物学のアマチュア研究家として働いた。1852年と1856年にカーボベルデカナリー諸島を訪れ、1857年にカナリア諸島の鳥類に関する著書、"Mein zweiter Beitrag zur Vogelkunde der Canarischen Inseln"を出版した。

ドイツ鳥類学会(Deutschen Ornithologen-Gesellschaft)の創立メンバーであり、1884年にアルフレート・ブレームの後を継いで会長となった。

ベルリンのテーゲル湖の島を購入し、屋敷を建て樹木園を作った。屋敷は失われたが、ボレの植えた樹木は保存されている。

ハト科の鳥類の種、Columba bolliiに献名されている。

参考文献編集

  • Ernst Friedel: Nachruf in: „Brandenburgia“. Monatsblatt der Gesellschaft für Heimatkunde der Provinz Brandenburg zu Berlin. XVIII. Jahrgang 1909/10, Berlin 1910, S. 157–161
  • Klaus Arlt: Bolle, Carl. In: Friedrich Beck und Eckart Henning (Hrsg.): Brandenburgisches Biographisches Lexikon (=Einzelveröffentlichung der Brandenburgischen Historischen Kommission e.V., Band 5). Verlag für Berlin-Brandenburg, Potsdam 2002, ISBN 3-935035-39-X, S. 58 (mit Porträt)

脚注編集

  1. ^ Franz Richarz: Mitgliederverzeichnis der Burschenschaft Fridericia zu Bonn (18. Februar 1843 bis Herbst 1847) sowie der Burschenschaft Arminia zu Bonn (1847 bis 1849) und der burschenschaftlichen Verbindung Germania zu Bonn (1843 bis 1849). Bonn 1894, S. 9.