メインメニューを開く

ザイラー・ピアノフォルテファブリック

ザイラー・ピアノフォルテファブリック(Seiler Pianofortefabrik)GmbHは、ドイツバイエルン州ウンターフランケン行政管区キッツィンゲン英語版に本部を持つグランドピアノおよびアップライトピアノ製造業者である。最初の工場は1849年にエドゥアルト・ザイラーによってシュレージエン州英語版リーグニッツ(当時はプロイセン王国の一部)に開かれた。2008年以降、ザイラー社は三益楽器(サミック)によって買収され存続している。

Seiler Pianofortefabrik GmbH
企業形態 GmbH
業種 グランドピアノおよびアップライト製造業
設立 1849年
本社 キッツィンゲン
ウェブサイト http://www.seiler-pianos.de/en/homepage/
テンプレートを表示
ザイラー製グランドピアノ

歴史編集

ザイラー社は1849年にエドゥアルト・ザイラーによってニーダーシュレージエン州英語版リーグニッツ(現在のポーランドレグニツァ)で創業された。1873年、エドゥアルト・ザイラーは蒸気駆動の工場を建設し、1874年には100名を越える労働者を雇用した。しばらくして、エドゥアルト・ザイラーは死去した。1879年、兄弟のヨハネス・ザイラーがピアノ職人として修行し、1879年末に工場の技術管理を引き継いだ。会社はドイツ東部ドイツ語版で最大のピアノ製造業者になった。第二次世界大戦の終わりに、ザイラー家と残っていた従業員は避難しなければならなかった[1]。当面の間は、コペンハーゲンデンマーク)で生産が再開された。1961年、ウンターフランケン行政管区キッツィンゲンに工場が再建された。

会社は数多くの技術革新を行い、特許を取得した[2]。自身の表現によれば[3]、ザイラーは最も大きな製造の垂直的範囲英語版(内製と外注の比率)を持つドイツのピアノメーカーである。

1945年以降、ポーランドに位置していたザイラーの元の工場は1988年まで「Legnicaポーランド語版」および「Th. Bettingポーランド語版」ブランドのピアノを製造していた。1963年、ブラウンシュヴァイクのピアノ製造業者ツァイッター&ヴィンケルマンがザイラーグループに加わった。

高品質ピアノの全世界における売上の不振により、ザイラー社は2008年7月に破産を申し立てざるをえなかった。2008年11月、会社と残った従業員のほとんどが韓国の楽器メーカー三益楽器(サミック)によって買収された。

出典編集

  1. ^ Zum Nachfolgeunternehmen in Legnica siehe Legnicka Fabryka Fortepianów i Pianin in der polnischen Wikipedia.
  2. ^ 東洋ピアノ製造. “ザイラーピアノの特徴”. 2018年5月9日閲覧。
  3. ^ Patrick Eichenberger: „Ausflug Geschichte eines Pianofortebauers ... und sein Umfeld heute“, Seite 17.

外部リンク編集