シクロピロクスINN:ciclopirox)とは、ピドロキシピリドン系抗真菌薬として知られる、人工的に合成された有機化合物である。ciclopiroxを、CPXと略記する場合がある。また、2-アミノエタノールはオラミン(olamine)と呼ばれる場合もあり、シクロピロクスは製剤化の際に、しばしば2-アミノエタノールとのにされるため、シクロピロクス オラミン(ciclopirox olamine)の名称で呼ばれる場合もある。

なぜ真菌に対して、シクロピロクスが打撃を与えるのかについては、21世紀初頭時点においても、あまり解明が進んでいない。

構造 編集

 
シクロピロクスの構造。

シクロピロクスの分子式はC12H17NO2であり[1]、したがって、モル質量は約 207.27 (g/mol)である。

抗真菌薬は、その化学構造によって分類される場合がある。シクロピロクスの場合は、ヒドロキシピリジン(hydroxypyridine)を構造中に有する抗真菌薬だとか、N-ヒドロキシ-2-ピリドン(N-Hydroxy-2-pyridone)を構造中に有する抗真菌薬だとか言われたりもする。時に、2-ピリドン系抗真菌薬(2-pyridone antifungal agent)と呼ばれたりもする。

ただ、本稿では、日本語書籍の『治療薬マニュアル』で用いられていた「ピドロキシピリドン系抗真菌薬」という分類に従った[2]

薬理 編集

2003年時点において、アゾール系抗真菌薬などの他の系統の抗真菌薬と比べると、ピドロキシピリドン系抗真菌薬であるシクロピロクスの作用機序は充分に判っていない[3][注釈 1]

もっとも、Malassezia furfurによる皮膚の感染症の治療にシクロピロクスを用いてみた結果、皮膚の炎症を抑えるという点において、アゾール系抗真菌薬のケトコナゾールと似ているのではないかという報告も出された[4]

しかし、シクロピロクスには、その作用機序に関して、多様な仮説が出されてきた。例えば、真菌の細胞内で物質の代謝を行っているカタラーゼペルオキシダーゼの機能を低下させている可能性が示唆された[5]。また、Saccharomyces cerevisiae英語版の幾つかの菌株で試験した結果、真菌が核分裂を行う際に、真菌が行う場合のあるDNAの修復にシクロピロクスが影響を及ぼし、DNAに異常を引き起こす可能性も示唆された[5]。これとは別に、真菌の細胞膜に作用して、真菌の増殖や生存に必要な物質の輸送を妨害しているのではないかとの説も存在する[6]。他に、真菌の細胞の形態などに影響を与えている可能性も示唆されている[5]

このように、シクロピロクスが有する抗真菌作用に関しては、諸説見られるものの、決め手に欠いている状況にある。

製剤 編集

シクロピロクスは製剤化の際に、しばしば2-アミノエタノールとの塩の形にされる。シクロピロクスの製剤は、外用剤として用いられ、表在性のカンジダ症や白癬の治療のために外用する[6]。クリーム剤[6]、シャンプー[7]、外用液剤など[6]、多様な剤形の製剤が開発されてきた。

なお、多くの地域で販売されてきた製剤であり、その製品名は多様である[8]

用途 編集

表在性のカンジダ症や白癬の治療のために、シクロピロクスを外用する場合がある[6]。さらに、表在性のマラセチア感染症の治療のために外用する場合もある[9]

また、通常の皮膚の白癬に比べて治療が難しい、爪白癬の治療にも外用する場合がある。シクロピロクス オラミンとプラセボを比較した場合には、48週間の治療を行った結果、シクロピロクス オラミンを用いた群が、61パーセントから64パーセントで、プラセボよりは良い治療効果が見られた[10][注釈 2]。シクロピロクス オラミンを、通常よりも高濃度、8パーセント含有した外用剤で爪白癬の治療を行った結果、69.2パーセントで有効だったという[11]。これ以外に、爪白癬に対しては、モルホリン系抗真菌薬のアモロルフィンの外用剤よりも有効のように見えるとの報告は出されたものの、そもそもサンプル数が少ないという問題が有り、シクロピロクスの方が勝っているという報告は、信頼性に欠ける[10]。さらに、シクロピロクスで爪白癬を完治させる事は、難しいともされる[12]

なお、試験的に女性器のカンジダ感染症に外用で用いた事例は報告されたものの[13]、基本的に、眼と女性器のカンジダなどの真菌感染症に、シクロピロクスは使用しない。また、使用したシクロピロクスが乳汁へ移行するかどうかに関する充分なデータが無いため、授乳中の女性が使用する場合には、事前に医師などに相談するべきである。

有害作用 編集

シクロピロクスを含んだ製剤を皮膚に外用した直後に、皮膚の灼熱感が出る場合がある[7]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 例えば、アゾール系抗真菌薬の作用機序は、真菌の細胞膜を安定化させるために重要なエルゴステロールを、真菌が合成する過程を妨害して、真菌に打撃を与えると判明済みである。
  2. ^ 何の効果も望めない製剤と比べれば、シクロピロクスの方が治療効果が出たという程度の話である。

出典 編集

  1. ^ シクロピロクス (D03488)” (html). KEGG. 2021年8月31日閲覧。
  2. ^ 高久 史麿・矢崎 義雄 監修 『治療薬マニュアル2016』 p.1944 医学書院 2016年1月1日発行 ISBN 978-4-260-02407-5
  3. ^ Niewerth M, Kunze D, Seibold M, Schaller M, Korting HC, Hube B (June 2003). “Ciclopirox Olamine Treatment Affects the Expression Pattern of Candida albicans Genes Encoding Virulence Factors, Iron Metabolism Proteins, and Drug Resistance Factors”. Antimicrobial Agents and Chemotherapy 47 (6): 1805-1817. doi:10.1128/AAC.47.6.1805-1817.2003. PMC 155814. PMID 12760852. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC155814/. 
  4. ^ Ratnavel RC, Squire RA, Boorman GC (2007). “Clinical efficacies of shampoos containing ciclopirox olamine (1.5%) and ketoconazole (2.0%) in the treatment of seborrhoeic dermatitis”. J Dermatolog Treat 18 (2): 88-96. doi:10.1080/16537150601092944. PMID 17520465. 
  5. ^ a b c Leem SH, Park JE, Kim IS, Chae JY, Sugino A, Sunwoo Y (2003). “The possible mechanism of action of ciclopirox olamine in the yeast Saccharomyces cerevisiae”. Mol. Cells 15 (1): 55-61. PMID 12661761. http://www.molcells.org/home/journal/article_read.asp?volume=15&number=1&startpage=55. 
  6. ^ a b c d e 上野 芳夫・大村 智 監修、田中 晴雄・土屋 友房 編集 『微生物薬品化学(改訂第4版)』 p.239 南江堂 2003年4月15日発行 ISBN 4-524-40179-2
  7. ^ a b Ciclopirox Olamine Antifungal Shampoo” (英語). Okdermo.com. 2019年8月6日閲覧。
  8. ^ International brand names for ciclopirox” (html). Drugs.com. 2016年1月2日閲覧。
  9. ^ Brunton, Laurence L.; Parker, Keith L.; Lazo, John S. (2005). Goodman & Gilman's the pharmacological basis of therapeutics (11th ed.). New York: McGraw-Hill Medical Publishing Division. pp. 533-538. ISBN 0-07-142280-3 
  10. ^ a b Crawford F (2007). “Topical treatments for fungal infections of the skin and nails of the foot”. The Cochrane Database of Systematic Reviews 2007 (3): CD001434. doi:10.1002/14651858.CD001434.pub2. PMC 7073424. PMID 17636672. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7073424/. 
  11. ^ TOSTI, A.; PIRACCINI, B.; LORENZI, S. (02 2000). “Onychomycosis caused by nondermatophytic molds: Clinical features and response to treatment of 59 cases☆, ☆☆”. Journal of the American Academy of Dermatology 42 (2): 217-224. doi:10.1016/S0190-9622(00)90129-4. 
  12. ^ Lee, Myung Hoon; Hwang, Sung Min; Suh, Moo Kyu; Ha, Gyoung Yim; Kim, Heesoo; Park, Jeong Young (2012). “Onychomycosis caused by Scopulariopsis brevicaulis: report of two cases”. Annals of Dermatology 24 (2): 209. doi:10.5021/ad.2012.24.2.209. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3346915/. 
  13. ^ Tietz, H.-J. (2012-08-30). Candida glabrata. Der Hautarzt 63 (11): 868-871. https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00105-012-2377-0 2018年2月8日閲覧。.