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ジョアン・デ・ブラガンサ (ベージャ公)

ジョアン・デ・ブラガンサポルトガル語: João de Bragança, 1842年3月16日 - 1861年12月27日)は、ポルトガルの王族。女王マリア2世とその王配フェルナンド2世の間の王子。ベージャ公の儀礼称号で呼ばれた。

ジョアン・デ・ブラガンサ
João de Bragança
Infante João, Duke of Beja (1861).png

称号 ベージャ公
出生 (1842-03-16) 1842年3月16日
死去 (1861-12-27) 1861年12月27日(19歳没)
埋葬  
サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ修道院
父親 フェルナンド2世
母親 ポルトガル女王マリア2世
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全名はジョアン・マリア・フェルナンド・ペドロ・デ・アルカンタラ・ミゲル・ハファエル・ガブリエル・レオポルド・カルルシュ・アントニオ・グレゴリオ・フランシスコ・デ・アシス・ボルジャ・ゴンザーガ・フェリクス・デ・サクセ=コブルゴ=ゴータ・イ・ブラガンサ(João Maria Fernando Pedro de Alcântara Miguel Rafael Gabriel Leopoldo Carlos António Gregório Francisco de Assis Borja Gonzaga Félix de Saxe-Coburgo-Gota e Bragança)。

略歴編集

ジョアンは軍人としての教育を受け、騎兵連隊の連隊長(大佐)となった。ジョアンはすぐ上の兄のポルト公ルイスとともにイギリス、フランスを訪れていた時、長兄のペドロ5世が俄かにコレラを発病して急死したため、ポルト公がルイス1世として王位を継承し、ジョアンはその推定相続人となった。しかしジョアンはペドロ5世の死の1ヶ月後に兄と同じくコレラにかかり、未婚のままわずか19歳で亡くなった。

ブラガンサ家の墓所があるサン・ヴィセンテ・デ・フォーラ修道院に葬られた。