チャチェルスクベラルーシ語: Чачэрск)はベラルーシホメリ州チャチェルスク地区(ru)の市(Горад / ホラド)である。また同地区の行政中心地(ru)である。市域はチェルノブイリ原子力発電所事故によって重度に汚染された地域にある[2]

チャチェルスク
Чачэрск
座標 : 北緯52度55分00秒 東経30度55分00秒 / 北緯52.91667度 東経30.91667度 / 52.91667; 30.91667
歴史
史料初出 1159年
マグデブルク法 1510年
1972年
行政
 ベラルーシ
  ホメリ州の旗 ホメリ州
 区 チャチェルスク地区
 市 チャチェルスク
人口
人口 (2016年現在)
  市域 8222[1]
その他
等時帯 FET (UTC+3)
郵便番号 247150
市外局番 +375 2322
位置図
チャチェルスクの位置(ベラルーシ内)
チャチェルスク
チャチェルスク (ベラルーシ)

地理編集

ホメリから北に67kmの距離にあり、郊外ではチャチョラ川(ru)ソジ川へ流入している。

歴史編集

年代記において、チャチェルスクは12世紀からその名が知られている。現在のチャチェルスクは、明らかに、中世のチャチェルスクの都市構造を土台として成立している。中世のチャチェルスクは、14世紀半ばにリトアニア大公国に併合されるまではチェルニゴフ公国の一部だった。

1772年まで、チャチェルスクはポーランド・リトアニア共和国に属していたが、同年の第1次ポーランド分割により帝政ロシアの一部となった。 ロシア女皇エカテリーナ2世は、チャチェルスクを総督府司令官ザハール・チェルヌィショールに与えた[注 1]。その後、街は急速に発展した。チェルヌィショールとその相続人によって、石造りのラトゥシャ(ru)(18 - 19世紀前半の市役所[3])、3つの教会(Церковь)、コスチョール(ru)(Костёл:カトリック寺院[4])、クレポストノイ・テアトル(ru)農奴が俳優となって演じる貴族のための劇場)、ガラス工場、蒸留酒製造所などが造られ、チャチェルスクは擬古的な趣の街へと再建された。

近代・現代

史跡・ゆかりの著名人編集

史跡

  • チャチェルスク城(be)
  • チャチェルスク・ラトゥシャ(be)

著名人

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 「総督府司令官ザハール・チェルヌィショール」は、 ロシア語: …полководцу, генерал-губернатору края З. Г. Чернышёву(文中からの抜粋により格変化は翻訳元のまま)の直訳による。グベールニヤ#エカチェリーナ2世期の地方行政制度参照。

出典編集

  1. ^ Численность населения на 1 января 2016 г. и среднегодовая численность населения за 2015 год по Республике Беларусь в разрезе областей, районов, городов и поселков городского типа
  2. ^ Chernobyl_radiation_map_1996
  3. ^ 井桁貞義『露和辞典』p925
  4. ^ 井桁貞義『露和辞典』p383