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まぜ焼きは東京発祥編集

  • 冒記について世間周知の情報ではなく新規の情報の追加にあたりますので「より信頼できる」情報源を探してください。また元記事で憶測として記述されている内容を事実として投稿している問題も指摘させていただきます。--大和屋敷会話) 2016年5月23日 (月) 07:13 (UTC)
  • 「ニュースサイトの情報なので編集を却下」なる理由で再投稿されましたが、元記事によると「コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです」とあります。百科事典の記事を「フリーペーパー」の記述をもとに編集することは非常に不適切です。他の情報源を探してください。--大和屋敷会話) 2016年5月23日 (月) 12:06 (UTC)

R25はリクルートが運営しているサイトです。名の通った企業の出したニュースを簡単に削除するのはどうかと思います。さらにあなたは他の記事でも関西に都合の悪いことを消しているフシがありますね。ブロック歴もあるようですし。他のサイトでもあなたの編集は悪名が通ってますよ。--222.148.10.7 2016年5月24日 (火) 03:20 (UTC)

  • 百科事典の記事を「フリーペーパー」の記述をもとに編集することは非常に不適切です。他の情報源を探して頂きますようお願い申し上げます。--大和屋敷会話) 2016年5月24日 (火) 04:11 (UTC)

いえ、あなたが考えを改める方が先ですね。--222.148.10.7 2016年5月24日 (火) 08:15 (UTC)

  • 「フリーペーパー」の記述をもととした編集が繰り返されておりますので保護依頼を提出いたしました。百科事典の記事を「フリーペーパー」の記述をもとに編集することは非常に不適切です。他の情報源を探して頂きますようお願い申し上げます。--大和屋敷会話) 2016年5月24日 (火) 10:27 (UTC)
  • テレビ番組の情報を元にさらに投稿を頂きましたが、本当に申し訳ないのですがWikipedia:井戸端/subj/テレビ番組は検証可能な情報源ですか?という過去の議論がありまして、単に「過去に放送された番組でやっていたんだよ、オレは見たんだから」という情報源もまたWikipedia:検証可能性の観点から問題があるのです。大変心苦しいのですがWikipedia:信頼できる情報源のほかにWikipedia:検証可能性についてもご考慮頂くよう宜しくお願い申し上げます。--大和屋敷会話) 2016年5月25日 (水) 18:37 (UTC)
  • マイナビニュース(office sanga)を情報源として投稿がありましたが、匿名(office sangaとは企業名のようです)執筆者による「よくわからない」文字列を百科事典の読者が信頼しなければならない理由がありません。同様の内容について、信頼できる筆者による信頼できる情報源から加筆して下さいますよう宜しくお願い申し上げます。また繰り返しになりますが元記事で憶測として記述されている内容を事実として投稿している問題も指摘させていただきます。--大和屋敷会話) 2016年5月26日 (木) 04:47 (UTC)
    • (コメント)出典がないよりは、マイナビニュースやR25が示されていたほうがましだと思いますし、出典がないから記述ごと除去するよりも残しておいたほうがいいと思いますが、いかがでしょうか。--Ks aka 98会話) 2016年5月26日 (木) 07:51 (UTC)
  • (コメント)Wikipediaにおいて、マイナビニュースが信頼できる情報源として問題があるというわけではないなら、一説として断りを入れて載せるのであればよいと思う。ただ、上のKs aka 98さんのコメント以降に、最新の編集でロケットニュースを出典として再度掲載されたのは正直どうかと思いますが(染太郎説はかなり強引に思える)。要検証範囲を貼られたのが意趣返しでないのであれば出来ればノートで説明がほしいところですし、また逆に冒頭の文章にしても、出典がチェーン店のページのみというのはさびしいところですが。いずれにしても、IPユーザーの方はノートで反論を行わないまま編集だけ強行するのはおやめください。解除まで時間があるのですから再度議論への参加をお勧めいたします。その際、要約欄に中傷を書いたり直接関連性のない記事や他のサイトの話は持ち出さないようお願いします。--Aiwokusai会話) 2016年5月31日 (火) 09:10 (UTC) 
  保護期間中に異論がありませんでしたので、上記のとおり合意がなされたと判断させていただきます。--Aiwokusai会話) 2016年7月6日 (水) 18:32 (UTC)

「お好み焼き」は東京発祥編集

研究者の間では定説であり、この件に関して異論を呈する方は寡聞にして存じ上げませんが、その旨を記載することに何か問題があるでしょうか。 もし現在引用されている岡田哲、熊谷真菜、三宅正弘らと同世代以降の研究者の中に、それ以外の説を主張される方が存在するようでしたら、具体的な文献を提示の上ご教示ください。よろしくお願いいたします。--182.170.40.44 2016年10月9日 (日) 06:31 (UTC)

  • 「東京発祥説」なる学説がどこにあるのでしょうか。まずその点を明確に提示してください。--大和屋敷会話) 2016年10月9日 (日) 15:27 (UTC)
    • 東京発祥は研究者の間における共通認識です。既に名前の挙がっている岡田哲や熊谷真菜らを始めとし、少なくとも自分の知る限りにおいてはこれに異論を唱える学者は存在しません。--182.170.40.44 2016年10月10日 (月) 22:12 (UTC)
  • 研究者がどこにいるのでしょうか。好事家が研究者なのですか?この3人のなかで東京発祥説を明確に述べているのは熊谷真菜だけであり、しかもこの人物は修士あがりの在野のライターじゃないですか。--大和屋敷会話) 2016年10月12日 (水) 03:39 (UTC)筆者が推測で記述している箇所を勝手に「研究者の間では定説」などと操作してはいけない--大和屋敷会話) 2016年10月12日 (水) 03:49 (UTC)
    • 岡田哲も知らずに食文化史について語るのはおやめください。熊谷も三宅もお好み焼きの発祥に関しては、池田弥三郎の記述などを根拠とする岡田の説を引用しているに過ぎません。あなたが彼らの著作を読んでいないことは明白ですので、意地になってこれ以上深入りしても無知を露呈するだけの結果にしかなりませんよ。--182.170.40.44 2016年10月12日 (水) 04:33 (UTC)
  • あなたの個人的な賞賛などどうでもいいのです。まず研究者を連れてきてください。まぜ焼きは東京発祥だと池田弥三郎が記述しているのですか?独自研究はお止めなさい。また「東京発祥説」なる学説がどこにあるのでしょうか。まずその点を明確に提示してください--大和屋敷会話) 2016年10月12日 (水) 05:01 (UTC)
    • 繰り返し申しますが、「東京発祥説」などというものは存在せず、東京発祥は研究者、あなたの言うところの好事家の間における共通認識です。もしあなたが東京発祥を「説」としたいのならば、「東京以外発祥説」を提示する必要があります。--182.170.40.44 2016年10月12日 (水) 06:57 (UTC)
    • 池田弥三郎の記述の持つ意味をまったく理解されていないようですので説明させていただきますが、池田氏が記録しているのは自身が大学の予科学生であった昭和6~7年頃に、銀座裏(新橋の花街と推定される)にあった「お好み焼き屋」が男女の密会所のようになり、風俗上の取り締まりによって摘発されたという事実のみです。「お好み焼き」が東京新橋の発祥であろうとされる根拠は、これより古い時代において「お好み焼き」という言葉が文献上一切記録されていなことに加えて、東京以外の土地で「お好み焼き屋」に関する話題が登場するのは昭和13年の大阪が最初で、しかもそこで提供されていたのは完全に東京式のお好み焼きであったという証言に基づく帰納的推論です(あなたの認識に従えば「好事家の独自研究」ということになるのでしょうが)。また興奮して混乱されているようですが、まぜ焼きの発祥に関しては現在問題としている「お好み焼き」という名称に関する件とは別の問題として論じるべき話題かと考えます。--182.170.40.44 2016年10月12日 (水) 06:57 (UTC)
  • 『筆者が推測で記述している箇所を勝手に「研究者の間では定説」などと操作してはいけない。』と書かれていますが、そもそもあなたが最初に編集されたのは[1]の澁川祐子という無名ライターの文章を根拠としているかのような記述に対して不快感を感じたからではなかったでしょうか?その件に関しては私も共感できましたので、ソースとしてのR25の引用を削除し「研究者の間における定説である」という文章に置き換えました。あなたは好事家と考えられているようですが、この分野の研究に関しては岡田や熊谷が嚆矢であり、彼らに比肩する研究者は存在しません。これは勝ち負けの問題ではありませんので、一度冷静になって認識を改められることを期待いたします。--182.170.40.44 2016年10月12日 (水) 05:09 (UTC)
  • 付け加えておきますと、澁川某の記事は岡田や三宅の著作に書かれている内容そのものです。ライター本人の推測や私見は一切入っていませんので、お好み焼きの歴史について伝える記事としては適切な文章であると評価しています。--182.170.40.44 2016年10月12日 (水) 05:26 (UTC)

当議論に関してはお互いもう少し話し合いが必要なように見えますが、182.170.40.44さん、「無知」といった表現は話し合いの中で好ましくはありませんし、意地になっているとか勝ち負けだとか、そういう言葉も話し合いが始まってさほど時間が経過したわけでもないうちから使うのはどうかと思います。大和屋敷さんも、とるにたらない尊重するでもないどうでもいい人物の主張であれば、そもそも出典として不適切ということになってしまいますし、信頼できる情報源がれっきとした学会における学説でなければいけないという決まりはないように思うのですが(信頼性については採用すべきか議論があってもいいでしょうが)。両者とも出来るだけ穏当に議論されることを心がけてください。よろしくお願いします。とりあえず前回の議論については別個のものとして置いておく事にしましょう(新たな提議などがあれば歓迎いたしますが)。182.170.40.44さんはその分野においては完全に定説化しているというスタンス、大和屋敷さんはあくまでそう推測する論者がいるというスタンスで編集されたようですが、どこら辺で折り合いをつけていくかだと思うのですが、現状ではお互いに表現としてはそこは譲れないということでよろしいのでしょうか(最新の編集では、そういう説があるという表現に念の為とどめさせていただいています)。--Aiwokusai会話) 2016年10月12日 (水) 07:24 (UTC)

(追記)個人的には、下部に幾つかの資料が提示されている中で発祥についてはそう考えられているんだなという見ていましたが、反対に完全に定説化したととれるニュアンスには疑問を感じる人もいるのだなと思い、推測する論者がいるというニュアンスも人によってはありかなとは感じました。ただ、その部分にR25を出典として用いるのは後の別の出典つき記述を読み解く際にギャップが生じますので、その点は不適切であり削ったこと自体は正解ではないかと思います。考えられている・推測論者がいるではなく、現状の表現であればそういう説があるんだなと読み取ることが可能だと思うのですがいかがでしょうか?--Aiwokusai会話) 2016年10月12日 (水) 07:35 (UTC)

  • Aiwokusai様、ご意見ありがとうございます。議論がまるで噛み合っていないので、第三者による仲裁が必要かと感じていたところでした。私が言いたいのはあくまでも専門家、研究者(好事家と呼んでも構いませんが)の間においては異論の余地のない認識であるという話であって、社会一般にコンセンサスが取れているという次元の話ではありません。その旨を表現するにあたって「研究者の間における定説である」という表現が最も適切であると考えたのですが、もし言葉足らずと感じる方がいるのならば、「お好み焼きは関西の発祥と思われがちであるが」という一文を付け加えることである程度納得していただけるのではないでしょうか。「説がある」とか「とする者がいる」というような表現では、「お好み焼きは東京発祥ではない」と主張する論者が存在するかのような錯覚を与えてしまいますので。--182.170.40.44 2016年10月12日 (水) 07:59 (UTC)
まだまだ議論が始まったばかりであり大和屋敷さんからも反論もおありでしょうから、私が介入するのは早かったのではないかと感じていましたので、快く受け入れてくださってありがとうございます。気になった点だけ申し上げますと、「関西の発祥と思われがちであるが」という表現はそう述べている出典が存在しないと独自研究に当たるかと思います。東京説の根拠となっている出典の中でそう言っているのであれば一番なのでしょうが…。個人的には「説があるという」というのは、確定事項ではないが出典などが付与されている時点で有力な説であるというニュアンスであると捉えておりましたので、他説が存在するという風に捉えられるとは考えてはおりませんでした。いずれの表現に落ち着くにしても、有力説として尊重されてしかるべきものであるという私の考えには変わりはありません。説があるというのが個人的には一番しっくりくるかなとは思っていたのですが、もう少し議論の推移を見守りたいと思います。他によい表現があったり、また議論の進行次第ではどちらかの主張のほうが妥当であると判断するかもしれませんし、大和屋敷さんからの反論及び私の表現についてのご意見などを待ちたいと思います。--Aiwokusai会話) 2016年10月12日 (水) 08:14 (UTC)

原点に戻って、『「お好み焼き」という名称と提供方式は昭和の初めに東京で生まれ、それが大阪に伝わり広まったと考えられている。』という当初の表現ではいかがでしょうか。主語をぼかした曖昧な表現になりますが、そう述べる根拠は以下に続く文章で十分に説明されていますし、R25へのリンクを削除したことによって説得力はむしろ向上しているように考えるのですが。--182.170.40.44 2016年10月12日 (水) 08:39 (UTC)


大和屋敷さんからの反論や新しい提案もないようですので、そろそろ結論を出したいと思います。Aiwokusai様からもお口添えいただいたように、またWikipedia内の記述に鑑みても、岡田や熊谷らをして「研究者」と呼ぶことに何ら支障はないと考えますので、個人的にはやはり「研究者の間における定説である。」という表現が最も適切であると感じます。「~と考えられている。」という当初の表現のほうが穏当かとも思いましたが、ソースを削除した上に主語もなしの文章では、「誰によって?」という突っ込みが入るのは火を見るよりも明らかでしょう。 また「東京以外発祥説」を唱える研究者やその論拠が存在しない以上、現時点における共通認識をもって「研究者の間における定説」とすることにも問題はないと考えます。もし「定説」という言葉に反応する方がいらっしゃるようでしたら「~と研究者の間では考えられている」という言い回しでも構いませんが、文章としてのリズムやまとまり、簡潔さなどにやや欠けるような気がいたします。--182.170.40.44 2016年10月15日 (土) 16:31 (UTC)

そもそも一行目は以下に続く文章のサマリーであり、別になくても意味の通じるものです。この節において具体的な事実や証言を挙げながら説明されている内容は、ひとつの例外もなく「お好み焼き」という名称と提供方式が東京で誕生したという推論を裏付けるものばかりなのですから。 しかしながら読み手に対する配慮として、導かれる結論を冒頭に明示しておくことは誤解やミスリードの防止、また記事のわかりやすさという観点からも有益なことであると考えております。--182.170.40.44 2016年10月15日 (土) 17:09 (UTC)

大和屋敷さんについては、合意形成期間程度は待ったほうがいいかと思っていましたが、他のページは精力的に編集されているみたいなんですよねえ…もしかしたら平行してお好み焼きについての文献を漁るなどされている可能性もないとはいえませんし、ねんのため会話ページで呼びかけをおこなったほうがよいかもしれませんね。表現についてですが、現状ではどれに決まったわけではないとはいえ、下記に出典付きの文章が存在するのであれば、考えられているという文章は表現としては個人的にはそこまで問題がないように思えます。むしろ定説という強い言葉は、数人の研究者の見解でそのように表記してよいのかという問題があります。考えられているでは異論が出るのであれば、「下に示すとおり、研究者の間ではそう考えられている」など、少し工夫すれば解消されるように思いますし、私の中では、「~と研究者の間では考えられている」という182.170.40.44さんが提唱された文章はかなりしっくりときました。おとしどころとしてはそこらへんがベターのように思えます。その上で、その次に182.170.40.44さんのふたつめの文章にある、「そもそも一行目は以下に続く文章のサマリーであり別になくても意味の通じるものである」というお言葉も納得させられるものであり、どのように表記するかもう少し詰めの議論を行えば解決するように思えます。なんというか私の中では、研究者の間では考えられているという言葉もいいし、読めば分かるのだから論争の対象になるものは敢えてスッパリなくす手もあるなぁとその辺りで少し揺れている感じです。--Aiwokusai会話) 2016年10月16日 (日) 03:16 (UTC)
読めばわかるのだからというご指摘は確かにおっしゃる通りで、これまでこの文章に対して異論を呈された方は大和屋敷さん以外にはいらっしゃいません。しかしながら、主語を明確にせずに「と考えられている」という表現を用いれば、その文ひとつだけを取り上げて「俺はそう考えていない」という人がまた出てこないとも限りませんので、もう少し第三者的な言い回しを用いて『「お好み焼き」という名称と提供方式は昭和の初めに東京で生まれ、それが大阪に伝わり広まったと推定されている。』という文章では如何でしょうか。ご意見をお聞かせください。--182.170.40.44 2016年10月16日 (日) 06:03 (UTC)

もうひとつ思いついたのですが、「定説」という言葉の語感に問題があるのだとすれば、「認識」という表現を用いる方法もありますね。ニュアンスの比較のために、私が現在候補として考えている文章を列挙してみます。

  1. 「お好み焼き」という名称と提供方式は昭和の初めに東京で生まれ、それが大阪に伝わり広まったと考えられている。
  2. 「お好み焼き」という名称と提供方式は昭和の初めに東京で生まれ、それが大阪に伝わり広まったと推定されている。
  3. 「お好み焼き」という名称と提供方式は昭和の初めに東京で生まれ、それが大阪に伝わり広まったと研究者の間では考えられている。
  4. 「お好み焼き」という名称と提供方式は昭和の初めに東京で生まれ、それが大阪に伝わり広まったというのが研究者の間における認識である。

いずれも論旨は同じですが、後に続く文章の要約としてどれが最も適切であるのか悩ましいところです。--182.170.40.44 2016年10月17日 (月) 05:30 (UTC)

お返事遅れました。ようするにニュアンスを気にする方のことを考えて、出来るだけ波風立たぬように配慮してどうするべきかなんですよね。それを考えると、私の中では前述のようにいっそ無くすか(下の説明を見れば分かるだろうという観点)、「下記に示すとおり(これもあってもなくてもどちらでもいいと思います)、研究者の間では考えられている」辺りがよいのではないかと思います。あれこれ言われるのが面倒くさいとお考えであれば議論が起こりようがないという意味で前者でもいいでしょうし、敢えて触れるのであれば異説が出現してこない限りは研究者の間では~というのは、事実といえるものであることに違いはないのですから。なんなら現状の表記でも構いません。--Aiwokusai会話) 2016年10月22日 (土) 16:41 (UTC)
  • 熊谷真菜なる在野のライターは研究者ではありません。また熊谷真菜ひとりが主張していることをもって「研究者の間では通説」の証明とするのは全く不適切な編集行為です。このような独自研究の強弁を繰り返すのではなく信頼できる情報源を誠実に探すべきでしょう。こちらは待っておるのですから根気よく探してください。--大和屋敷会話) 2016年10月22日 (土) 20:34 (UTC)
    • 聞く耳をお持ちではなく、実際に文献を確認するおつもりもないことは重々承知していますが、熊谷真菜はあなたの思い込みとは異なり一般的な定義に基づく「研究者」に他ならないこと、また熊谷が東京発祥説を最初に提唱したわけでも積極的に主張しているわけでもなく、単に彼女が学生時代に書いたたこやき研究の論文中において「周知の事実」として引用したに過ぎないこと、そして池田弥三郎氏の随筆はお好み焼きに関する最古の記録として1960年代以来多くの文献に引用されており、これを否定したり別の起源を主張したりする研究者は少なくとも自分の知る限りひとりも存在しないという事実を繰り返し述べさせていただきます。--182.170.40.44 2016年10月23日 (日) 09:49 (UTC)

Aiwokusaiさんのおっしゃる通り、もう見出しはなくしたほうが良いのかも知れませんね。単に以下に続く文章の要約に過ぎないわけですし。ただ、大和屋敷さんのようないくら筋道立てて論理的に説明してもご理解いただけない方ひとりに配慮して、何の問題もない表現を削除するというのがはたしてWikipedia編集の正しいあり方なのかという疑問は残ります。--182.170.40.44 2016年10月23日 (日) 10:05 (UTC)

私は元々些細な話であるというスタンスですので、お二人の間でどうしても合意が成立しないようであれば無くすことに反対はいたしません。というかなんとなく終わりを見ない話に推移しつつあるなと感じて、今はそっちに流れつつあります。言うまでもなく大和屋敷さんは無くすこと自体には反対はなされないでしょう。あるにせよないにせよ、いくつかのライターなり研究者なりの出典をもちいた記述が記事内に存在する時点で、役目は果たしているものと考えます。私としては、182.170.40.44さん(121.103.236.141さん)他様々な方々が加筆してくださった文章を含めて、まだまだ記事の中では脚注の足りていない部分も多く、正直そこらへんの検証のほうが重要な問題じゃないかと考えておりますので。まぁ個人的には別の説が出てきたりしてそれをWikipediaに書けるようになれば、面白いだろうなとか思っていたりはするのですが(笑)。--Aiwokusai会話) 2016年10月23日 (日) 11:21 (UTC)
ではとりあえず一行目の文は削除することにいたしましょうか。私としては「説がある」といったあたかも対立する他説が存在するかのような表現を残すよりも、そちらのほうがまだ納得がいきます。ただここで引いてしまうと、大和屋敷さんがまた「そう主張する好事家が一部に存在する」というような恣意的な編集をされないかという点だけが正直言って不安です。--182.170.40.44 2016年10月23日 (日) 11:33 (UTC)
あと、一行目を削除することで問題となるのは、「お好み焼き」という名称が登場する最も古い記録は昭和6-7年の東京である、という重要な情報が伝わりにくくなる点でしょうか。節のタイトルが「お好み焼きという名称について」ですので、この事実だけはやはり冒頭に明確にしておく必要があると考えます。大和屋敷さんが拘っているのが「研究者」という表現についてだけなのならば、主語を省いた「考えられている」あるいは「推定されている」という表現も落とし所になるのではないかと思うのですが。--182.170.40.44 2016年10月23日 (日) 12:17 (UTC)

最後の書き込みから一週間が経過いたしました。 どなたからも反論や新しいご提案はないようですので、「研究者」という表現の是非については保留とし、脚注を加筆した上で先の案にて編集させていただきます。--182.170.40.44 2016年10月30日 (日) 16:49 (UTC)

今回議論になったのが考えられているという表記でしたので、既にここで言われているとおり他の説はないでようすし、例の行を削除で問題ないかと思います。また何か別のご意見ありましたらよろしくお願いします。--Aiwokusai会話) 2016年10月30日 (日) 18:21 (UTC)
182.170.40.44さん、名称についての詳細な脚注補填、お疲れ様です。閲覧者からもかなり参考になるかと重います。私の最後の編集の説があるという状態をカットししたつもりだったのですが、特に問題はなかったでしょうか。それと保留とのことですが、前述のどおりないのが一番かなぁとは思いますが個人的には反対はしません。--Aiwokusai会話) 2016年10月30日 (日) 18:43 (UTC)
個人的にはやはり一行目はあったほうが良いと思いますが、きちんと読めば趣旨は伝わることなので、無難な落とし所でしょう。「結論を最初に明示する」というのは論理的な文章構成の鉄則ですが、前振りなしに自分の願望や固定観念と異なる結論を提示されてしまうと、自身を否定されたように感じて脊髄反射で反駁してしまう人もいるということを勉強させていただいたような気がします。なお一行目の削除を受けて、見出しを「お好み焼きの誕生と伝播」に改題しました。こちらのほうが後に続く文章の内容をより正確に反映しているように思われますので。--182.170.40.44 2016年10月31日 (月) 04:09 (UTC)
お疲れ様です。良いと思います。テンプレートの「[誰?]」やWP:AWWのことを考えると、現状ではこれがベストであると思います。--Aiwokusai会話) 2016年10月31日 (月) 05:21 (UTC)

議論に参加しようとは思っては無いのですが。どうしても気になることがありますので。 so-net(沖縄県那覇市)(182.170.40.44110.67.189.101)さんの編集について。正直なところ、信用出来ない状態です。岡田哲の書籍を見ました。禁貸し出しの資料性が高い棚に並んでいました。そちらに関西風お好み焼きのルーツは東京にあると確かに書いてありました。そこから「関西風お好み焼きのルーツは東京にある」は書いて良いのかなと思います。しかし、「徳川 (お好み焼店)は東京風お好み焼きの店である」は明らかに間違いの様に思います。世間一般の認識で「関西風お好み焼き」はあれど「東京風お好み焼き」はあり得ないと思います。表現法として先にも書いた通り「関西風お好み焼きのルーツは東京にある」をベースにしてほしいと思います。それと、広島風お好み焼きで、強い意志を持ってネギをキャベツに置き換えたというのも違和感ありますし。屋台間の工夫で変化した(過渡期はよく分かりませんが、ネギが大増量したり、別の食材になったりした可能性もあると思います)をベースに書くべきだと思います。--Taisyo会話) 2016年11月6日 (日) 00:10 (UTC)

私も、上の東京発祥の議論についてはかなり182.170.40.44さん寄りであり信頼をよせていたのですが、110.67.189.101の編集を見てかなり違和感を覚えました。当お好み焼きの記事は元々無出典の記述も多く、182.170.40.44さんの編集には他の部分にはそこまで目を通しているわけではありませんが…既に修正させていただきましたが、少なくとも徳川での編集はかなり無茶な内容といっていいかと思います。その点上の議論とでかなりギャップがありましたので、最初は別の方なのかと思ったくらいです。編集内容を見ていると正直今は信用が薄らいでいます。詳細はちょっとご本人のコメントを聞かないことにはなんともいえませんが、IPがたびたび変化するのであれば、アカウントを取得していただきたいと思います。--Aiwokusai会話) 2016年11月6日 (日) 00:51 (UTC)
個人的に見たのは「たべもの起源事典」です。確かに、東京の座敷文化や、それを関西の人が持ち帰ったとか書いておりました。図書館の参考図書に置いてあるぐらいの本なので、それなりの説と考えても良いと思います。だからといって、東京風お好み焼きとは書いていませんでした。意見が飛びすぎなのです。また、広島風お好み焼きについては特に書いていませんでした。そちらについてもいじっているので、そちらの面に関しては独自研究がひどいかなと思いました。広島の歴史に関しては、中国新聞のおこのミステリーが詳しい様に思います。掲載期間が過ぎて、アーカイブでしか確認出来なくなりましたが(参考)。もっとも人のことも言えない部分はあります。徳川 (お好み焼店)の加筆は昔、中国新聞の記事を見ながら書いたはずです。ただ、どの記事を見たのかは分からなくなっています。昔は出典要求が緩かったのも有り、しっかり付けてなかったのは、申し訳ない部分もあります。--Taisyo会話) 2016年11月6日 (日) 12:24 (UTC)
もう一つ大きな不満点があります。お好み焼き#歴史概略の「広島風軽視」と言うべきか「関西風の説明が殆ど」が不満です。広島風お好み焼きは、一銭洋食の段階で、完全に分岐している様に思います(同名の別の料理と言っても差し支えない様に思います。ネギ焼きなどが別料理で認識されている様に)。元々、「広島風」「関西風」分離提案が出て賛同した通りです。歴史概略の大半を関西風の説明に移して欲しいと思いますし(明らかに広島風の歴史では無い)、無理だというのであれば再び「関西風」「広島風」の分離提案が必要に思います。当然ですが記事名「広島焼き」は絶対反対です。分離するなら「広島風お好み焼き」です。--Taisyo会話) 2016年11月6日 (日) 13:38 (UTC)
具体的にお好み焼き#お好み焼きの誕生と伝播(殆どが関西風の説明に終始している)とお好み焼き#混ぜ焼きの発祥について(それも関西風の説明で広島風の説明では無い)の節について、広島風とかけ離れているので関西風への記述移動を強く求めたいと思います。--Taisyo会話) 2016年11月6日 (日) 22:37 (UTC)
上で広島焼きの話が出ていましたけど、広島市内のお店とか冷凍食品通販とか…市内の業者が広島焼き名称で商品展開とか商売やっているのも散見されるんですよね…[2][3][4][5][6][7]等、1つ2つ程度ならともかくある程度の数が。ただその名前に反感を持つ方が一定数存在して割と声が大きいというのも確かではありますし、名前の発祥を突き止めるのはまず困難ではありますが、現状広島では全く使われないというのも実は違う点なんかを色々と探してみたいなとは思います。--Aiwokusai会話) 2016年11月8日 (火) 23:02 (UTC)

東京風・関西風・広島風編集

82.170.40.44=110.67.189.101です。議論が進んでいることに気づかず、ご返事が遅れて申し訳ありませんでした。東京発祥説についての決着はついていると思いますので、Aiwokusai様のご指摘を受けて、新しいトピックとさせていただきました。

まず「東京風お好み焼き」に関する件ですが、徳川で「関西風」と称して提供されているお好み焼きと、「現在の関西で一般的なお好み焼き」が、その提供方式や調理法、具材などの点で大きく異なっているという点についての異論はないと考えます。では徳川や東京の昔ながらのお好み焼き屋で提供されているスタイルのお好み焼きをどう呼ぶかと考えた場合、「東京風」あるいは「東京式」という表現以外自分には思いつきませんでした。

これをいわゆる「関西風お好み焼き」に含めてよいのか否かという議論になるのですが、これは「関西風」を「混ぜ焼き」と解釈するか、「関西地方の」と解釈するかによって異なります。 Aiwokusai様は広島寄り(?)のスタンスの方のようですので前者の解釈を取られたのだと思いますが、自分は後者の立場からこれは区別するに値するものであると考えます。 しかし「東京風お好み焼き」という言葉にはあまり一般性がないため、これを見出しとして採用するのは適切ではないと考え「オリジナル」という表現を用いました。

そもそも「関西風お好み焼き」という言葉も「広島風お好み焼き」の対義語として使われるようになった言葉ですので、個人的にはあまり適切な用語とはいえないと感じています。「お好み焼き」はあくまでも「お好み焼き」として、東京で生まれ、大阪に伝わり、全国に広まった、という事実がまず存在し、それとは別に洋食焼きにルーツを持つ「広島風お好み焼き」という名前の料理が存在する、というのが自分の認識ですので。

なお広島風の歴史に関しては決して軽視していたわけではなく、自分にあまり知識がなく、年譜の作成に際しても信頼に足るソースを探し出せなかったのが理由です。加筆していただくことは大歓迎ですが、できる限り出典を明らかにした記述をお願いしたいと思います(人のことは言えませんがw)。

最後に、「広島風お好み焼き」をこの項から分離するという提案については基本的に賛成です。ただ、以下のような理由から困難ではないかと考えています。

1.広島以外の土地に存在する、広島風とほとんど同じ調理法のお好み焼きをどう扱うか

たとえば岡山市には広島風とまったくと言っていいほど同じ作り方のお好み焼きを提供している老舗店があります。これを「広島風」として紹介することは岡山の人はおそらく許さないでしょう。同様の例はのせ焼き式のお好み焼きが現在も提供されている神戸や京都などにもいえます。つまり上記の「関西風」と同じ問題が広島風においても発生するわけです。

2.分割後のこの項の名称

「お好み焼き」という言葉は戦前の東京にルーツを持つ混ぜ焼きを指すものであり、「広島風」はあくまでもその名前を借用したに過ぎません。しかし、「広島風」を「関西風」と対等なものであると考える人たちは「広島風」と「関西風」に分けるべきだと主張するのではないでしょうか。

まだまだ書き足りないことはありますが、あまり長くなっても何ですのでとりあえずはここまでとします。--110.67.189.101 2016年11月10日 (木) 07:23 (UTC)

気になった部分だけ少しコメントいたします。まず私はどこ寄りとかそういう考えはありませんし、どうしてそういう風な印象をもたれたのか困惑しております。私はただ関西風お好み焼きのルーツは東京にあるという資料が存在するのであればそのように記事に書いてもよいということと、広島焼きと広島のお好み焼きはイコールの存在であるので単独記事は不適切という表明しかしてないと思うのですが…(そもそも広島寄りの思想を持って参加しているのであれば、[8][9]みたいな編集はしないでしょう)。徳川の記事にしても、異論があるないという次元の話ではなく、徳川自身が関西風を名乗り更に出典にも関西風とあるのでそう手直ししただけです。仮に私がIPユーザーさんと同じ認識を持っていたとしても、そうしていると思います。IPユーザーさんは~~風という観念に思いいれが強いのかもしれませんが、Wikipediaでは基本的に出典に基づいた記述をすればそれで良いのです(尚、私はお好み焼きの記事の中で、出典のない加筆を行ったことは恐らく一切ありません)。編集するユーザーが個々に~~風という判断をする必要がそもそもありませんし、仮に正しくとも信頼できる情報源なしには記事に反映させてはいけません。もし仮に徳川のは関西のとは違うんだという出典が存在した場合は、徳川のお好み焼きは関西風であるという出典とそうでないものを併記すればよいだけだと思います。IPユーザーさんの、東京で生まれ、大阪に伝わり、全国に広まった~という認識に特に異論はありませんが、Wikipediaを編集するにあたっては何事も出典次第ということです。分割については、IPユーザーさんは賛成でも反対でもないとのことですので、もし分割したいと考える方がおられれば別節で提唱されればよいと思います。私としては、誰が許さないとか対等だといった個人的感情はよそにおいてほしいですし基本的に興味はございません。--Aiwokusai会話) 2016年11月10日 (木) 09:22 (UTC)
大変失礼いたしました。Taisyo様の記述に対しての文章だったのですが、誤ってAiwokusai様と記載してしまいました。ご気分を害されたようで誠に申し訳ありませんが、宛て名を読み替えた上で議論を進めていただければ幸甚です。--110.67.189.101 2016年11月10日 (木) 10:47 (UTC)


上述の視点に基づき、「お好み焼き(オリジナル)」の節を暫定的に復活させていただきました。節の後半部分が年譜の項に置き去りにされて整合性を失っていたことに加え、 混ぜ焼き=関西風という分類は、のせ焼き=広島風と同様にあまりにも乱暴で、実態と乖離していると考えるからです。Taisyo様のご意見をお待ちしています。--110.67.189.101 2016年11月10日 (木) 13:32 (UTC)

しばらく旅行に行っていて(及び旅行疲れで)間が開きました。まず、広島での「お好み焼き」の名称について。中国新聞の取材で、1950年頃には既にお好み焼きと呼ばれていたことが確認出来ます。もっとも、由来は不明としています。また、きだみのるが「まるでお好み村みたいだね」の言葉も残しています。関西地区でいつ頃からお好み焼きと呼ばれ始めたか(もしかしたら広島より後かもしれません)によって「広島のお好み焼きは関西から名称を借用した物では無い」とはっきりすると思います。恐らく(同時)多発的な物で、偶然同じ名前がついた物かもしれません。先の出典では、大阪もいつ命名されたのか不明となっています。

私が「お好み焼き(オリジナル)」で違和感を感じているのは、広島風にもそれに相当するのが存在しているからで、それが全く触れられていないのが不満点であります。広島風のオリジナルはみっちゃんで、こちらこちらで確認出来ます。

次に、東京で発展した混ぜ焼きが大阪に持ち込まれた話は先の議論で行いました。私が疑問に思っているのは大阪に渡ってさらなる進化をしたのでは無かろうかと思います。東京では混ぜ焼きが確立され、具材の追加が大阪で行われて関西風になったのではと思っています。

岡山の広島風と同じ焼き方をしているお好み焼きについて、存じていません。ただ、歴史的にどうなっているのか次第に思います。広島風については、いわゆる関西風と祖先の食べ物の段階から分かれていますので、別物として扱って良いと思います。--Taisyo会話) 2016年11月13日 (日) 00:43 (UTC)

歴史の項にも記載されていますが、お好み焼きは戦前の昭和12年には大阪に伝わり、昭和16-17年の段階で既に一定の知名度を獲得しています。お好み焼きという料理が存在し、東京や大阪でお好み焼き屋が流行しているという事実は活字に載って全国に広まっていますから、軍都として人の往来が活発であった広島にも当然その噂は届いていたはずです。ですので戦後の広島で「たまたま」同じ名称が「偶然に」誕生したという考え方には無理があると思います。
東京で誕生したお好み焼きが大阪に渡って変化したというのは貴見の通りです。これについても十分に説明されていると思いますが、戦後にとんかつソースが誕生したこと、生地に山芋を入れるようになったこと、マヨネーズを用いるようになったこと、客が焼くのではなく店員が焼いて提供する方式が主流になったこと、具材をすべて混ぜずに後から載せるようになったこと、切りイカや桜えびなどのもんじゃ焼き由来の具材を用いなくなったことなどはすべて関西に渡ってからの変化です。であるからこそ広島の徳川のような、「大阪に渡ってさらなる進化」を遂げる以前の姿のお好み焼きを「関西風」に含めることは、現状との乖離であり誤解を招くことに繋がると考えるわけです。
また「関西風お好み焼き」という言葉は「広島風お好み焼き」や「広島焼き」と同様に関西以外の場所、はっきり言えば広島で誕生した言葉でしょう。広島以外の土地においてお好み焼きは単にお好み焼きであり、地域名を冠してまで区別する必要などなかったからです。「東京風」という言葉がないのもそれが理由です。そしてその「関西風」という表現を最初に使ったのは徳川ですから、逆説的ではありますが「関西風お好み焼き」の生みの親は徳川であるという言い方もできると思います。
先の投稿で例に出した岡山の話は「みゆき」というお店のことです。岡山市内に数店舗を展開する有名店ですから、画像検索をかければすぐにヒットするはずです。創業は1960年代ですので広島からの影響を受けた可能性ももちろんありますが、岡山にも広島同様に戦前からの洋食焼き文化が存在し、「やよい」「おぞの」など同じようなのせ焼きを提供する店もありますので、洋食焼きが大型化した結果として同じ姿になっていったと解釈するほうが自然ではないかと考えています。
最後に、オリジナルの項の記載に関するご不満に関してですが、広島風お好み焼きはTaisyo様ご自身も述べられているように本来のお好み焼きとは別物であり、単に同じ名称を使用しているだけに過ぎません。そもそも戦後生まれの料理なのですから、戦前から続く伝統的なお好み焼きの姿について説明する節に出番がないのは当然でしょう。オリジナル、関西風、広島風という順番も序列ではなく、時系列に沿った構成であることをご理解ください。また広島風お好み焼きの歴史や成立過程は後述部分において十分に情緒的に語られていますので、他章において必要以上に説明するのは冗長であるというのが私個人の感覚です。--110.67.189.101 2016年11月13日 (日) 02:13 (UTC)
まず、110.67.189.101さんに対して強く抗議したいと思います。以前から話している通り、混ぜ焼き(いわゆる世間一般的に関西風と言われているもの)と、広島のお好み焼き。極力平等な扱いを求めて、お好み焼き#お好み焼きの誕生と伝播(殆どが関西風の説明に終始している)とお好み焼き#混ぜ焼きの発祥について(それも関西風の説明で広島風の説明では無い)の節の関西風の節の下への記述移動を求めているのですが、聞き入れる意思はなさそうに思います。広島でお好み焼きの名称は大阪からパクってきたとデタラメなことを話していますけど、中国新聞の取材で、好きな食材を入れたから「好み焼き」ではまずいので、お好み焼きにしたと広島でのお好み焼きの始祖とされる人が話されています。最初は一銭洋食と言われていたようです。110.67.189.101さんの「大阪あやかり説」は信用出来ません。中国新聞の方を信じます。
仮に、関西で流行っていた混ぜ焼きが「お好み焼き」の名称で伝わっていたとしても、流行らなかったと思います。混ぜ焼きの最大の弱点は、食材を混ぜるボールが余計に必要なことです。広島のお好み焼きは鉄板一枚あれば調理出来ると言われています。食器も要らない(洗うための水が要らない)。こちらにある通り、混ぜ焼きは道具が余計に必要な部分があります。それどころか、当時の時代背景では「大阪で流行っていた」とかでは売れなかったと思います。それよりも、安価でボリュームがある方が売れたと思います。そうなると、混ぜ焼きの名称にあやかる必要は無かったと思います。
あえて、混ぜ焼きと呼んでいますけど、110.67.189.101さんがやっているのは、そのようなことです。「広島風はお好み焼きでは無い」と言っている様な対応です。一銭洋食(洋食焼き)の段階から進化の過程が分かれている別々の尊重するべき歴史がある「お好み焼き」です。当然ではありますが、関西で発展した混ぜ焼きの方が、お好み焼きとして認識されているのは理解しています。関西の物は多数派かもしれませんが唯一の本家ではありません。広島風も少数派でも、本家として扱うべき物だと思います。広島の人でも人によっては「関西風はお好み焼きでないよ」と言う人も居ます。さすがに、ここまで言うつもりはありません。わざっとこのような口調で話しましたが、広島風を尊重した編集を求めたいですし、出来ないのであれば混ぜ焼きのお好み焼きを尊重することは出来ないですよと話したいと思います。
徳川は関西風かどうか。サイトでは関西風と話しています。昔から流れているCM曲では「徳川は混ぜて作るお好み焼き」とはっきり歌っています。ただ、CM曲に関西風の言葉はありません。実際に結構食べるのですが、自分で焼くのは関西の文化では無い(大阪は店で焼く)のかなと思います。反面、卵にとろろは入っていますので、植栽は関西風に思います。昔は卵も高かったと思いますので、戦後ある程度経過してから関西風に卵が追加されたのではと思います(関西風の卵は個人的推測ですが、広島風の卵は比較的後とされています)
それと「広島焼き」の件。確かに、徳川とかで使っているのはよく見ます。反面、広島では絶対使わない表現法でもあります。広島県外の人に、わかりやすく伝えるために「広島焼き」と呼んでいるのかなと思います。--Taisyo会話) 2016年11月14日 (月) 12:51 (UTC)
新聞の件。昔から広島は全国紙はそれほどのシェアは得ていなくて、昔であれば芸備日日新聞、その後中国新聞のシェアが多い地区です。そのような新聞で、お好み焼きを扱うのか大きな疑問です。お好み焼きを扱う意味が無い様に思います。新聞で扱っていたというのであれば、当時どの新聞に載っていたのか、新聞名と年月日・ページ名を教えて頂ければと思います。時間が取れたら確認したいと思います。--Taisyo会話) 2016年11月14日 (月) 12:59 (UTC)
ご反論ありがとうございます。論点が多岐に渡るためひとつづつ順番に説明していきたいと思いますので、ごゆっくりお付き合いください。
まずは冒頭のご抗議についてですが、主語が判然としませんので、何をおっしゃりたいのかよくわからないというのが実際のところです。お好み焼き#お好み焼きの誕生と伝播は主として戦前の話ですので、その当時はまだ存在していなかった「広島風お好み焼き」について述べる余地はありません。お好み焼き#混ぜ焼きの発祥についても混ぜ焼きについて説明する項目ですので、「広島風お好み焼き」とは無関係です。まさかとは思いますが、お好み焼きの歴史を時系列に沿って解説しているこの2つの項目を、「歴史概略」から除けというご主張なのでしょうか?
また誤解があるようですが、「混ぜ焼き」に対応するのは「のせ焼き」(重ね焼きという表現もありますが)であって「広島のお好み焼き」ではありません。関西風と呼ばれているものの中にも広島と同じのせ焼きが少なからず含まれていますので、「平等な扱い」ということならば「関西風」と「広島風」ではなく、現在お好み焼きと呼ばれているものには「混ぜ焼き」と「のせ焼き」の二種類があるという認識から始めなくてはならないでしょう。たとえば、b:料理本/お好み焼き のような形での記載なら異論を唱えられる方も少ないかと思うのですが、Wikipediaの「お好み焼き」のページは長い改稿の歴史の中で様々な誤解や思惑が錯綜していますので、根本から書き直すための合意には非常な労力を必要とします。年譜を追加して歴史的な経緯を明示化するなどの努力はしているのですが、思うようには理解を得られておりません。建設的な議論を行う上でTaisyo様にまず申し上げたいのは、「関西風」(あるいは「混ぜ焼き」)対「広島風」という思い込みに基づく対立軸を捨てていただきたいということです。「広島風」も元を正せば関西から伝わった洋食焼きの変形のひとつに過ぎないのですから。
次にTaisyo様が信奉していらっしゃるという中国新聞の記事は「調べてはみたものの当事者たちもわかっていなかった」という以上の内容ではありません。「好み焼き」に「お」を付けたんじゃないかというような与太話など、20年も前に「お好み焼き」という言葉が存在していたという歴史的事実の前では何の意味も持たないでしょう。なお補足しておきますと、「一銭洋食」という言葉は大正時代に一銭で売られていたために付いた俗称であり、昭和恐慌によるインフレ以降は5銭10銭20銭と大幅に値上がりしています。私が以前に読んだ資料によりますと、昭和の頃には広島においても「洋食焼き」という呼称のほうが一般的であったようですのでご参考までに。
混ぜ焼きが伝わっていたら、という仮説についてはあまり議論する意味がないと思いますが、混ぜ焼きは客にテーブルで焼かせるために生まれた方式である、ということだけは言っておきましょう。ご存じないかもしれませんが、関西でも昭和の時代までは、同時に何枚ものお好み焼きを焼く屋台や露店、ひとつの鉄板を何人もの客で囲むような小規模な個人店では、地域差はあるものの戦前と同じスタイルののせ焼きのほうが多数派でした。つまり混ぜ焼きは客席ごとに鉄板を用意できる中~高級店の様式であり、広島も関西も洋食焼きをベースとする庶民的な店は同じだったのです。もし大衆店におけるのせ焼きから混ぜ焼きへの変化に関心がおありならば、三宅正広の「神戸とお好み焼き」の第3章を一読されることをお勧めしておきます。
Taisyo様のご指摘どおり、のせ焼きはお好み焼きではなく、洋食焼きであるというのが私の見解です。「一銭洋食の段階から別れた」というのは明らかな誤りで、お好み焼きの先祖はどんどん焼きともんじゃ焼きであり、関西発祥の洋食焼きとは出身地も血統も異なる別の料理です。これは広島風だけに限った話ではなく、先述した岡山や神戸、京都、岸和田、名古屋などすべてに言えることです。洋食焼きの特徴をそのまま継承した料理が、成り立ちは異なるがよく似た料理である「お好み焼き」を名乗るようになったというのが実際のところなのですから。
最も近い例を挙げるならば「そば」と「沖縄そば」の関係でしょうか。沖縄においては「そば=沖縄そば」であり、そば粉を用いた日本のそばは「和そば」「ヤマトゥのそば」などと区別して呼ばれます。「沖縄そば」を「そば」のページに包括するのはあまり適切でないと思いますので、そのような理由から「広島風お好み焼き」を「お好み焼き」から分離することに反対はしません。ただし以前にも述べましたように、広島以外の地方の「のせ焼き」をどちらに含めるべきかという問題が残ります。
徳川に関しては先に述べたとおりですが、付け加えておくならば徳川が開店した1960年代の半ばの大阪にはまだ東京から伝わった様式やレシピをそのまま継承した店が多く、現在のようなカウンター式で店員が焼いて提供する店が誕生するのはもう少し後だったということでしょうか。ですから徳川のオーナーが当時既にお好み焼きの「本場」として認識されていた大阪で主流だったスタイルを「関西風」と命名したとも解釈できるのですが、それにしては「徳川」という明らかに東京を意識した店名や、もんじゃ焼きの提供、江戸焼そばといったネーミングなどがどうしても引っかかります。昔の文献の中にはお好み焼きを大阪発祥とした上で東京のお好み焼きの特徴について語るような頓珍漢なものも散見されますので、あるいはそうした勘違いに起因するものなのかもしれません。徳川を「東京風」と断定したのは勇み足だったと反省していますが、かといって現在の関西の若い人にとってあの構成の店を関西風と認めることは難しいでしょう。いずれにせよTaisyo様の発言の端々からも伺えるように「混ぜ焼き=関西風」という誤ったイメージを広島県民に植え付けたことや、「関西風」というおそらくそれ以前には存在しなかったであろう用語を全国区にまで押し上げたという点において、功罪の大きい店であるとは思います。
なお、これまで述べてきたのははあくまでも私の個人的見解ですので、議論の結果として「混ぜ焼き=関西風」「のせ焼き=広島風」という定義がWikipediaにおける共通認識として採用されることになれば、もちろんそれに従う所存です。その場合、徳川は名実ともに関西風ということになる代わりに、岡山のジャンボお好み焼きはもちろんのこと、キャベツ焼きやねぎ焼き、にくてんやかしみん焼きまで広島風お好み焼きに含まれることになってしまいますが。
最後に唐突に出てきた新聞の件は何を指すのかよくわかりませんでしたが、お好み焼きの存在が活字に載って広まっていたと書いた部分についてのことでしょうか?さすがに地方紙のことまでは詳しくありませんが、年譜にも書かれている高見順の小説の存在だけでも十分かと思います。人気作家が当時の先端的な流行風俗であったお好み焼き屋を小道具とした今で言うところのトレンディ小説を書き、戦争のため中止になったものの映画化まで企画されたヒット作となっていますので、広島ほどの都会なら大抵の人が噂くらいは耳にしていたでしょう。ご興味がありましたら青空文庫でも読めますよ。--110.67.189.101 2016年11月14日 (月) 19:10 (UTC)
元々、沖縄のIPが編集する版の歴史概略は、混ぜ焼き・広島風のお好み焼きについて最低限の記載にしておりました。その頃の版の方向性に戻して欲しいと強く求めています。新たな資料を反映するのは良いことだと思いますが。沖縄のIPが編集した後は、関西風の記述ばっかり増える。極端な話「混ぜ焼きがお好み焼きの王道」「広島風はどうでも良い」様なオーラが相当出ている編集になっています。広島風の記述が冗長と話していますが、個人的には混ぜ焼きの記載内容は非常に冗長に思っています(広島風より酷いと思っています)。加筆内容も、広島のお好み焼きは1950年から1955年にかけて固まっているのですが、お好みソースに関しては「時代的に後」と書いています。実際は、1952年誕生なので激動期の中でお好みソースは登場しています。つまりは、110.67.189.101さんは広島風のことをよく知らないのに「広島風は邪道」と言いたい様な、資料面での裏付けが無いのに、広島の歴史軽視はしっかり行っている。褒められない状態が続いています。岡田哲について感銘を受けられているようですが、広島風を扱った文章は見つけていません。110.67.189.101さんには改めて、リンク1リンク2リンク3リンク4を見直して頂き、広島風の勉強と理解を深めて頂きたいと思っています。--Taisyo会話) 2016年11月14日 (月) 14:42 (UTC)
編集の競合があったようですので、流れをわかりやすくするために書き込み順を前後させていただきました。ご了承ください。
さてどう返答すればいいものか表現に困るのですが、Taisyo様についてはもう少し冷静になっていただきたいとしか言いようがありません。オタフクのソースに関しては1952年に独立した項目として扱っていますので、1950年の記載には不必要と判断しました。年譜全体のトーンの中でTaisyo様が加筆した部分だけが明らかに冗長で均整を欠いておりましたので、趣旨は変えずに憶測に基づく記述を廃し事実関係のみに絞ることでバランスを整えたつもりなのですがお気に召さなかったのでしょうか。
ところでTaisyo様に質問があるのですが、ネギからキャベツへの移行に関して「屋台間の創意工夫」という表現に強いこだわりをお持ちのようですが、何か特別な理由か出典のようなものがおありなのでしょうか。これは個人的な感覚の違いなのかもしれませんが、私の場合「屋台間の創意工夫」という言葉から連想されるのは、経営者同士が膝を交えて会合を持ち、新しいメニューのアイデアや情報などを交換し合うような友好的なイメージです。実際にはどうだったのかはわかりませんが、どちらかといえば商売敵としての競争や切磋琢磨ではなかったかと思うのですがいかがなものでしょう。またキャベツを用いるようになった理由としては、大阪経由で広がりをみせていた「お好み焼き」の影響があったことも間違いないと思われますので、ソースもないままに理由にまで踏み込んだ記載をするのは如何かと思います。「お好み焼き」に関してもネギからキャベツへの移行の理由は特に記載していませんし、「創意工夫」という言葉を用いなくとも、前後の文脈から「強い意志を持ってネギをキャベツに置き換えた物では無い」という事実は十分に伝わると思うのですが。--110.67.189.101 2016年11月14日 (月) 19:10 (UTC)
そもそも歴史概略という項目は東京発祥説の導入でこのページが混乱していた時期に、歴史的経緯を整理して事実関係を明確にするために私が設けたもので、内容もほぼ100%私が書いたものです。広島についての記載が少ないとご不満のようですが、広島風については歴史が新しくはっきりしていますので、取り立てて書くべきことが存在しないのです。もし広島風お好み焼きについて記載すべき内容があるとお考えならば、お店のHPや10年も前の新聞記事などではなく、信頼に足るきちんとした出典を添えて加筆すれば良いことだと思います。--110.67.189.101 2016年11月14日 (月) 19:45 (UTC)

まずお二方、Wikipediaは出典第一主義です。検証可能性を満たした二次資料が存在すればそれに沿って文章を書くだけです(ただし、特定の観点を推進するような情報の合成はいけません)。その大前提を忘れないでください。仮に相反する出典が存在した場合は、A説もあればB説もあるといった風に併記するのが望ましいと考えます。私はこのお好み焼きの現状は、思われるといった表現が度々使用されたり問題の多い記事であると認識しています(戦前の歴史など以前よりも良くなった部分もありますが)。関西風という言葉が広島で生まれた、もしくは「関西風」という表現を最初に使ったのは徳川であるという資料があればそれに沿えばいいでしょうし、逆に言えば自分の中でどれだけ有力説になっていようが、推測を記事に書くことは絶対にいけません。「「徳川」という明らかに東京を意識した店名」というのは独自研究です。洋食焼きが大型化した結果として同じ姿になっていったというのも、あくまで「解釈」であり、二次資料に沿ったものではありません。混ぜ焼きの名称にあやかる必要は無かったという仮説も持ち出す意味はあまりないでしょう。ネギからキャベツへの移行に関しての「屋台間の創意工夫」、もしくは大阪経由で広がりをみせていた「お好み焼き」の影響があった、これは両方とも出典が提示されていない主張です。お店のHPはともかくとして(自身の店に対する言及ではなく食べ物の歴史としてなら一定の資料とはなるでしょうが)、「10年も前の新聞記事など」という発言には問題があります。何年前のものであろうと、新聞記事という信頼の置ける情報源は尊重されるべきものです。それを「信奉していらっしゃる」「与太話」という言い方で揶揄するのは不適切でしょう。お互いに記事のどの部分をどうしたいのか、はっきりとした要点を述べた上で議論していただきたいと思います。読んでいて理解しづらいように感じます。--Aiwokusai会話) 2016年11月15日 (火) 02:00 (UTC)

(追記)昔の文献の中にお好み焼きを大阪発祥としているものが存在するのであれば、頓珍漢などと言わずにそれを提示していただけたらと思います。それが信頼できる情報源(著名人・研究者や新聞記事)であるならば、仮にIPユーザーさんの考えとは異なっていたとしても、二次資料としては極めて有益であり記事に反映させるに値する内容です。--Aiwokusai会話) 2016年11月15日 (火) 02:13 (UTC)

ご介入ありがとうございます。Aiwokusai様の言われるようにソースのない憶測に基づく記述や大言壮語は極力廃し、客観的な事実の記載に留めるということで年譜の件についてはご納得いただければと思います。なお「10年も前の記事」と書いた理由についてひとつ釈明しておきたいのですが、このページにおいてもつい最近までお好み焼きのルーツが東京にあるという事実が記載されていなかったことからもわかるように、一般に歴史や文化的な研究はより新しいものがアドバンテージを持ちます。それは「信頼に足る情報源」とされるものは「過去の研究を踏まえた上での発表」であるという大前提に基づくからです。中国新聞の特集記事は読み物としては面白いのですが、今となっては明らかな事実誤認や当時の水準の認識に基づく推論や独自研究に満ちています。もちろん登場人物の証言やその当時にそういう記事が書かれたという事実には資料的価値がありますが、それをもって現在の知見に対抗しようというのは些か無理があるのではないでしょうか。Taisyo様は地元の方のようですので、広島のお好み焼きに関するより新しく信頼度の高い情報の提供を期待いたします。--110.67.189.101 2016年11月15日 (火) 04:30 (UTC)
私の書き方が悪く誤解を招いたようですが、お好み焼き大阪発祥論は「文献」というほどのものではありません。具体的には思い出せませんが「お好み焼きは大阪のもんやから」「東京のお好みってなんで乾きもんとか入れんねん」といった根拠のない思い込みや歴史認識の不足に基づく発言や記述が横行していたという程度の話です。お好み焼きが大阪で生まれたという可能性について真面目に論じた研究や一次情報は私の知る限り存在しておらず、これは発祥の場所や時期やルーツも特定されていない洋食焼きに関しても同じです。--110.67.189.101 2016年11月15日 (火) 05:21 (UTC)

Aiwokusaiさん。ありがとうございます。出典があるのかどうか分かりにくい部分もあったのは申し訳ない部分でありましたので、新たに確保した出典を反映しながら、ワード毎に触れていきたいと思います。

「東京風」及び「関西風」について

沖縄のIPが「東京風」については、よく使っている言葉だと思います。先の議論にもよく出てきている、岡田哲のたべもの起源事典の83ページでは、東京で流行ったお好み焼きについては「関東風」。大阪に伝わり発展した物を「関西風」として、「関東風」「関西風」とも記述されています。出典内容を優先する(岡田哲の呼び方を優先するのであれば)、東京で流行った物を「関東風」として記載するべきだと思いますし(「関東風」(大阪伝搬前)については前史として扱って良いと思います)、大阪に伝わった後は「関西風」の言葉を使うべきだと思います。

「一銭洋食」について

個人的に「一銭洋食」の言葉を多用する理由として、オタフクソースお好み村中国新聞などが、「一銭洋食」の言葉を使用し、「洋食焼き」の言葉を使っていないからです。地域により呼ばれ方が異なり、広島では「一銭洋食」と呼ばれていたようです(広島お好み焼物語の41ページから42ページ)。広島お好み焼物語には、「洋食焼き」の言葉も出てきてはいるのですが、広島地区は「一銭洋食」と呼ばれていたようです(筆者の那須正幹は、食べ物研究家ではなく、ズッコケ三人組で有名な児童作家であることは補足しておきます)。なお、岡田哲のたべもの起源事典には、「一銭洋食」として記載されています(48ページ)。

「お好み焼き」の言葉について

先の議論に出てきた、高見順の「如何なる星の下に」を読みました(角川文庫版)。17ページに「風流お好み焼き-惚太郎」の言葉が出てきました。作品公開が1939年ですので、その頃にお好み焼きの言葉があったことは確認出来ます。また、参照はしていないのですが、柳田國男の「明治大正史 世相篇」の「肉食の新日本式」節に記載があると広島お好み焼物語43ページに記載があります(青空文庫化はまだのようです)。東京で「お好み焼き」の名称がつき、それを大阪に持ち込んだ(たべもの起源事典の83ページ)とありますので、お好み焼きの名称は東京起源はある意味正しい(関西風の起源としては)と思われます。

「お好み焼き」の言葉が広島に伝わっていたのか

ただ、その言葉が広島に伝搬したとする資料が実はありません。それが、名称については大阪の影響を受けていないと思う部分です。出典としてしっかりしているのが、中国新聞取材の「好きな物を入れて焼いたから「好み焼き」では駄目だからお好み焼き」が一番確実な資料だと思っています。また、広島お好み焼物語にも、大阪からの伝搬は書かれていません。きだみのるの「まるでお好み村みたいだね」の言葉が「お好み村」の名称の由来になっているのはお好み村も認めています(お好み村)。「お好み村」が書いてある著書は見つけていないので、見つかった場合に、何だかの発見はあるかもしれません。それと、広島お好み焼物語75ページに、みっちゃんの経営者の父が大阪でお好み焼きのノウハウを学んだとする文章があります。そちらが、大阪風の影響を受けたとするには、明言されていないので言い切るのは出典乖離を起こしそうに思います。

何故、広島で「一銭洋食」が流行ったのか

お好み焼きの祖先に当たる「一銭洋食」ですが、戦後まもなくは米を外食で使うことが困難な時代があったこと(広島お好み焼物語64ページ)。 。広島が観音ネギの産地でネギの入手が容易だったこと。その後、ネギの値上がりでキャベツに変わったようですが(広島お好み焼物語71ページから72ページ)。1950年に小麦粉が入手しやすくなったことも大きいようです(広島お好み焼物語68ページ)。また、一銭洋食がお好み焼きのルーツになったと書かれています(中国新聞の取材)。

徳川の話

少なくとも、広島初の関西風のお店では無い様です。例えば広島にも、1954年頃に旅館を改装した大人向けのお座敷お好み焼き店の出典があったようです(広島お好み焼物語49ページから50ページ)。ただ、関西風の認識と広島風の再認識になったのは事実な様です。広島の人が、これまで食べていたのが広島風だったと認識した出来事だったのは事実な様です(広島お好み焼物語119ページから124ページ)。

触れてない件も色々あるかもしれませんが(特に、お好み焼きの誕生当初の屋台間のパクりあいの部分。どこかで読んだ気がするのですが、見つけられていません)、沖縄のIPへの不満の理由として、岡田哲の記述内容にも実は沿ってない部分が有り(個人的な思い入れが強すぎる)、信用しきれない部分があります。個人的にも広島風の思い入れはあります。とは言いつつも、それなりの出典を用意して頂ければ、納得はしているつもりです。--Taisyo会話) 2016年11月15日 (火) 12:52 (UTC)

Taisyo様、資料作成ご苦労様でした。私の知らなかった新しい情報もあるようなので嬉しく思います。それではそれぞれの項目について検証していきましょう。
  • まず、「関東風」という表現を岡田哲が使用していたことは記憶にありませんでした。どういうわけか私のことを岡田氏の信奉者のように捉えていらっしゃるようですが、昔にひと通りは読んだことがある程度で手元には一冊も持っていません。お好み焼きに限らず食文化研究の分野では高名な方ですが、かなり上の世代の方ですので現代の知見からすれば誤りとされる記述もあるのではないかと考えています。私が用いた「東京風」という言葉に変えて「関東風」という表現を用いることについて特に異論はありませんが、お好み焼きは東京の中心部で誕生し東京以外の関東にはほとんど伝搬しなかった文化ですので、自画自賛のように聞こえるかも知れませんが、どちらかと言えば「東京風」という表現のほうが適切であるようには感じます。
  • 「大阪に伝わった後は関西風の言葉を使うべき」というご意見に関してですが、関西のお好み焼きは、昭和12年に大阪に伝わってから終戦までの間は完全な「関東風」の姿を保ち、終戦後は広島と同じような「洋食焼き」と東京伝来の「お好み焼き」の併存、融合化が進行します。そして現在われわれがイメージする「関西風」のスタイルが完成するのは昭和40年代以降のことになりますので、どの時期をもって「関西風」と定義するかはこの場の議論で決められることではないように思います。
  • さらに失礼を承知で言わせていただきますと、Taisyo様の主張には「関西風」と「広島風」を同列に扱ってほしいという思いが強過ぎるせいで、「東京風」と「関西風」をどうしても別のものとして分断したいという意識が働いているように感じられます。「お好み焼き」は昭和の初めに東京で生まれて以来、現在も一貫して「お好み焼き」であり基本的な特徴は変わっていません。それに対して「広島風」の祖先は「洋食焼き」であり、途中から「お好み焼き」のグループに参加した編入組です。「東京風」と「関西風」は直系で繋がる本質的に同じものですが、「広島風」はまったく違うものであるという事実をまずはご認識ください。
  • また「大阪伝搬前については前史として扱え」というのも無茶な話で、東京のお好み焼きは今も当時のままの姿で現存しており、広島の徳川のようにその特徴を残す店も全国各地にたくさん存在します。そうした事情からこのトピックのタイトルのように「東京風(関東風、あるいはオリジナル)」「関西風」「広島風」の3つに分ける以外に妙案がなく、現状のような構成になっているということをご理解いただければと思います。--110.67.189.101 2016年11月15日 (火) 15:25 (UTC)
  • 「広島にお好み焼きという言葉が伝わっていたか」という件に関しては、出典云々ではなく常識の範囲内で考えるべきことではないかと思います。伝わっていたという証拠がないからといって伝わっていなかったと断じることはできませんし、20年も前から存在し一定の認知度を持つ言葉が、何万何十万もの人の行き来がある中で一切伝わらないなどと考えるほうが無理があるでしょう。これは戦後の広島に東京や大阪から帰省してきた人や、復興のために他府県からやってきた人がどれだけいたかを考えれば自明のことです。「証拠がない」という主張の一点張りでどうしてもお認めになりたくないというのなら、議論するだけ無駄な話であると思います。
  • また、好きな物を入れて焼いたから「好み焼き」という説は、まだ「お好み焼き」という言葉や料理が戦前から存在したという事実が周知されていなかった時代の記事であり、単に取材を受けた中のひとりが「ではないでしょうか」という個人的な想像を語ったというだけのことに過ぎません。そんな話を10年以上も経った今になって取り上げて起源とするのは牽強付会以外の何物でもなく、発言者が気の毒にさえ感じます。その方がそういう理由から自分がお好み焼きと命名したと主張されているとでもいうのなら話は別ですが。--110.67.189.101 2016年11月15日 (火) 15:41 (UTC)
    • IPユーザーさんのおっしゃる「昭和40年代以降」という主張は出典が必要ですし、またお二人が討論している中で、関東風もしくは東京風と一般的な関西風とされる混ぜ焼きは非なるものであり区別するという考えには異議を唱えたいと思います。資料によると戦前には基本的に現在のお好み焼きと変わらぬ混ぜ焼きが存在していますが、大きな違いはキャベツを材料にしているかどうかであり基本は変わらず、その後時代の変化により自分で焼くか否かが変化しましたが、それが西と東の違いであり~~風と呼ぶ決定的な要因というのはさすがに独自研究といえます。現代においても基本的に同じ食べ物を自分で焼くかどうかだけの違いで~~風と区別することはありませんし、あくまで古典としての多種多様なお好み焼の形態を便宜上関東風と呼ぶ出典が存在する程度であり、それは現代におけるスタイルの違いを指すものではないでしょう(おそらく自分で焼くもんじゃの店にお好み焼を置くようになったことが要因と思われますが)。全国的に言えば最もポピュラーな関西風のお好み焼き以外の何物でもない徳川についても同じことです。
ただ、「広島にお好み焼きという言葉が伝わっていたか」についてはWikipediaは出典第一主義ですので自身の常識を持ち込むことは控えましょう。『証拠がない」という主張の一点張りでどうしてもお認めになりたくないというのなら、議論するだけ無駄な話であると思います。』これは議論放棄と見做されかねない発言です。証拠は重要ですしそれがなく議論相手から合意が得られないので議論が無駄だと匙を投げられるということは、相手の意図通りに編集しても良いと同意したとWikipediaでは捉えられてしまいます(ご本人がそれで良いというのであれば話は別ですが)。疑問なのですが、岡田と熊谷の出典にしても10年どころか20年以上前のものですが、ここ10年で「お好み焼き」という言葉や料理が戦前から存在したことが世に周知されたという事実はどこで確認すればよいのでしょうか?正式な取材記事に対して個人的な想像というのは、他の出典なども否定することに繋がります。10年前であろうがそこは問題ではありませんし、あくまで一説についての資料としては申し分ないでしょう。IPユーザーさんの認識が正しく過去の出典は意味をなさないというのは、「過去のそれらの説に触れ否定している文献」が必要です。出典の内容が相反するものなら古いものは間違いであり排除してよいことにはならないでしょう。その場合は併記が基本です。Wikipedia:検証可能性Wikipedia:中立的な観点をよくご覧になってほしいと思います。基本的に東京から関西そして全国へと伝播したという説については同意してはおりますが、IPユーザーさんの出典に対する認識については、それを軽んじご自身の「常識」を優先されることが度々見られます。私は個人的にはTaisyoさんの説が全て正しいと思っているわけではありませんし、IPユーザーさん寄りな認識を持っている部分もあります。しかしWikipediaはそれが真実であるか正しいかではなく、あくまで事実として証明できるかを重視して編集に参加しなければなりません。ジレンマもあり大変かもしれませんが、そこを受け入れなければ、出典の必要ない個人wiki等でやりましょうということになってしまいます。--Aiwokusai会話) 2016年11月15日 (火) 23:45 (UTC)

まず初めに訂正しておきますが、「お好み焼き」は戦前からキャベツを使用しています。ネギを主に用いていたのは「洋食焼き」ですのでお間違えのないように。また徳川のスタイルを「関西風」と定義することに対しては個人的に異議を唱えたいと思います。「全国的に言えば最もポピュラーな関西風のお好み焼き以外の何物でもない」というのはAiwokusai様のご認識であり、そう断言してしまうのは「自身の常識を持ち込むこと」に他ならないのではないでしょうか。

広島にお好み焼きという言葉が伝わっていたかいなかったは、はっきり言って「どうでもいい」話だと思います。伝わっていたという証拠も伝わっていなかったという証拠もないのですから、いずれにせよその旨を記事として記載することはできません。「2005年の中国新聞にこういう記事があった」という事実を参考資料として記載することは自由ですが、取材した記者にお好み焼きの歴史について十分な知識がなかったということを注釈として付記するのもまた自由でしょう。あとは読み手がどう判断するかの問題です。

ここ10年で「お好み焼き」という言葉や料理が戦前から存在したことが世に周知されたという事実はどこで確認すればよいか、というご質問ですが、それこそこのWikipediaの記載が最大のソースになりませんか?中国新聞の記者も、今もし同じような調査を命じられれば一番にこのページを開いて予備知識を仕入れるのは間違いないと思いますよ。--110.67.189.101 2016年11月16日 (水) 00:29 (UTC)

そこは焦点ではないでしょうが、お好み焼と呼ばれるものはキャベツ一辺倒ではなかったという話をしただけです。そもそも現状の記事では戦前のお好み焼がどのようなものであったかの記述が不足しているように思います。徳川については出典を用いることなく個人的な異議を唱えられても周りが困惑するだけだと思いますし、これ以上議論が発展する見込みは現状ではなさそうです。そもそも私は徳川の記事は出典を用いて関西風であると編集しています。証拠については、伝わっていたと主張する側が証拠を出すべきであって、伝わっていないという証拠をわざわざ出す必要はないでしょう。というか、伝わって「それが元になった」という証拠がむしろ必要です。「取材した記者にお好み焼きの歴史について十分な知識がなかったということを注釈として付記するのもまた自由でしょう」えっと…これは自由ではありませんよ。十分な知識がないとおっしゃるのは単なる独自研究です。知識がないと言っている研究者のコメントや新聞記事が必要です。それは間違いです。読み手が各自判断するのは、「2005年の中国新聞にこういう記事があった」のが真実であるかどうかです。「それこそこのWikipediaの記載が最大のソースになりませんか?中国新聞の記者も、今もし同じような調査を命じられれば一番にこのページを開いて予備知識を仕入れるのは間違いないと思いますよ」このIPユーザーさんの認識は大いに問題です。Wikipediaそのものはソースにはなりえませんし、情報を発信する場ではありません。今一度Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかをよくお読みになってください。改めて感じましたが、IPユーザーさんは基本方針に対する理解が不足しています。現状の考えのままWikipediaの議論や編集に携わられることは問題があります。東京発祥の議論の際にはあれだけ出典第一のコメントをされていたのに、どうしてこのような主張をされるのか、ご自身の考えに沿う出典がある場合とない場合でここまで姿勢を変えられては困ります。--Aiwokusai会話) 2016年11月16日 (水) 00:51 (UTC)
該当の記事をお読みになった上でのご反論かどうかわかりませんが、「発言者の個人的な想像」であることも「取材した記者にお好み焼きの歴史について十分な知識がなかった」ことも記事の内容から明らかです。たとえばこちらの記事では歴史的な繋がりの確認されていないどんどん焼きと一銭洋食の混同がみられますし、関西風お好み焼きの起源をピザであると説明しています。このような珍説がまかり通った時代の記事であるということを付記するだけで、出典の信頼性を揺らがせることは十分に可能でしょう。
徳川を「関西風」とすることに対して私が異議を唱えるのは「混ぜ焼き=関西風」という認識が定着してしまうことを危惧するからです。Aiwokusai様は店舗側による表示をもって出典とされていますが、そもそも「関西風」の定義はどこにあるのでしょう。私個人としては「関西風」という誤解を招きやすく曖昧な用語を、客観主義を旨とするWikipediaで使用すること自体に疑問を感じています。「徳川は関西風お好み焼きを提供している」よりも「徳川は混ぜ焼きを提供している+関西風を標榜している」とするほうがより正確で反論の出る余地のない辞書的表現なのではないでしょうか。
Wikipediaの記述がソースになりえないことは承知していますので、最後の一文は冗談のつもりでした。ただ、基本方針に対する理解が不足しているというご指摘については自覚している部分でもありますので、真摯に受け止めたいと思います。--110.67.189.101 2016年11月16日 (水) 01:47 (UTC)

追加情報を書きたいと思います。

岡田哲が書籍に記載している「関東風」と「関西風」の違い

たべもの起源事典の83ページに書かれている「関東風」と「関西風」の違いについて。「関東風」は水溶きした小麦粉に具材を混ぜて焼くと書いています。当時のメニューに、やきそば・いかてん・あんこてん・もちてん・あんこ巻・もやし・あんず巻などがあったと書籍に書かれています(全ての食材については、高見順の「如何なる星の下に」にも書かれていますので、青空文庫で各自確認されたらと思います(角川文庫版(1972年発行)で34ページです))。その中に「キャベツボール」もあり、キャベツも食材に使われていたことが確認出来ます(もっとも、現在のお好み焼きには考えられない食材も多く、また組み合わせも不明なので、関西風での組み合わせが一般的だったかどうかは不明です)。焼く楽しみや団らんの場を提供したのが「関東風」としています。現在でもある風流お好み焼き染太郎も雰囲気を楽しむ店とする記述があります(個人サイトの様なので記載はしませんが)。

「関西風」になったことで、具材の種類が増え沢山のせたこと、独特な甘いソースを採用したこと、腰掛け式のカウンターテーブルの整備など、安くて美味しくてボリューム沢山な食べ物に変化したとあります。

岡田哲は、このような形で「関東風」「関西風」の線引きをしております。それを採用するかどうかは今後の議論次第としたいと思います。

広島お好み焼物語』の出版年

2004年出版です。そちらの本ですが、元々の作者那須正幹は食べ物の専門家ではありませんが、東京のお好み焼き文化に触れるなど、資料の下調べの丁寧さは感心しております。そちらの本でも、大阪でお好み焼きと呼ばれていた名称の影響を広島が受けたとは書かれていないので、広島風の名称の影響について認められないです。元々、子供向けに書かれている書籍なので解りやすいですし、知識の深堀もしていますので、おすすめの本にしておきたいと思います(そちらにも、関西風の呉説は書かれていますが「余り支持されていない」と補足説明しています(「呉の人にピザルーツ説を熱心に言っている人がいらっしゃる」との情報の形で、58ページから59ページ))。混ぜ焼きの有力説は東京説を取っているのは間違いなさそうです。

中国の煎餅(せんびん)

広島お好み焼完全マスター本 お好み焼を知る7つの章8ページに、麩の焼きのルーツが中国の煎餅(せんびん)にあったのではと書かれています(今回の話題には殆ど関係ありませんが、参考までに)。

今回は以上です。--Taisyo会話) 2016年11月17日 (木) 12:15 (UTC) , 情報追加--Taisyo会話) 2016年11月17日 (木) 12:22 (UTC)

Taisyo様、ご調査ありがとうございました。ひとつ気になったのが「関東風は水溶きした小麦粉に具材を混ぜて焼く」という説明についてですが、岡田哲の論では関西風はそれとは異なるとしているのでしょうか。「お好み焼き」の定義の根本に関わる問題ですので、その点はぜひ明らかにしておかなければならないと思います。--110.67.189.101 2016年11月17日 (木) 15:06 (UTC)
キャベッボールについては、いわゆるお好み焼きではなくキャベツと揚げ玉を炒めたものであると池波正太郎の著作に記録されています。検索してみるとこのような記述もヒットしますので間違いないようですね。惚太郎(実際には染太郎)の品書きからも明らかなように、「お好み焼き」とは屋台形式で立ち食いや持ち帰りの鉄板焼き屋であった「どんどん焼き」を、座席と鉄板を備えたテーブルを持つ独立した店舗を構え、もんじゃ焼きのように客が自ら焼いて楽しむスタイルに改変したものであったことは間違いないでしょう。つまり「どんどん焼き」も「お好み焼き」も本来は水溶き小麦粉を用いる粉物料理の名称ではなく、鉄板焼き屋の店舗形態や提供方式を指す言葉だったのです。個人サイトの引用はあまり好ましくないかとは思いますが、私が歴史概略の項を執筆する際にも参考とさせていただいたこちらの記述などをお目通りいただければ認識の共有の助けになろうかと存じます。--110.67.189.101 2016年11月17日 (木) 15:54 (UTC)
煎餅が起源である可能性が高いと考えられるのは韓国のチヂミ、日中どちらの由来とも解釈できるのが沖縄のフィラヤーチーでしょうね。埼玉のフライや東北に現存するどんどん焼きも同じようなものですが、東京のどんどん焼きからの伝播であることを考慮すれば直接の祖先であるとするには無理があるように思います。--110.67.189.101 2016年11月17日 (木) 17:55 (UTC)

Taisyo様の編集をいくつか修正させていただきました。

  • まず、文献を引用される際はきちんと読み込んで真意を汲み取った上で記載してください。「関東風」に関する記述は実際にAiwokusai様の誤解を招いていますので。
  • どんどん焼きと洋食焼きの関係については資料がなく、発生の時期や場所も特定されていません。「広島風」のルーツは関西発祥の洋食焼きですので、どんどん焼きの話を持ち出すのは如何かと思います。
  • たった一人の「ではないでしょうか」レベルの発言を根拠に名称の由来を断定するのはおやめください。記載するのは結構ですが、あくまでも参考程度に。

 今回は取り急ぎご報告まで。--110.67.189.101 2016年11月21日 (月) 08:35 (UTC)

もう一点追加しておきますが、出典として盛んに引用していらっしゃる澁川祐子さんのネットコラムは、既存の文献に基づく説明と筆者個人の推測が混在していますので、ソースとしての信憑性に問題があることが以前の議論も指摘されています。引用されることは構わないのですが、ソースのない文章については「こういう見方もある」という程度に留め、記事としての中立性を維持していただきたいと思います。--Aiwokusai会話) 2016年11月23日 (水) 02:49 (UTC) --110.67.189.101 2016年11月21日 (月) 08:45 (UTC) 署名を誤って書き換えてしまったようなので元通り修正いたしました。--Aiwokusai会話) 2016年11月23日 (水) 07:57 (UTC)

要約欄に書いたとおりですが、こういう見方もあるというのであればそう考える側が書き直すなりすればよいでしょう。少なくとも出典のある記述を隠すのに出典つきでない記述を追加するIPユーザーさんの編集姿勢には問題があります。そろそろ理解していただけませんでしょうか?議論や編集なによりも、Wikipediaの基本方針をまず熟読されるべきです。その期間をご自身で設けてほしいと思います。Taisyoさんの出典に不備があると主張されているのにも関わらず、一方で出典なしの文章を掲載しようとされていますが、幾らなんでもご自身に甘すぎではありませんか?あなたは「お好み焼きは東京発祥」の議論をされていた時は、出典第一主義の主張をされていたではありませんか。--Aiwokusai会話) 2016年11月21日 (月) 11:37 (UTC)

岡田哲によると、関東風は関西風広島風ほど認知されているわけではないにせよ、古典というよりも現在まではっきりと脈づく一部の地方のお好み焼きの形式と捉えているようですし、三宅正弘氏も初期の頃からは形式が変化しているとしています。混ぜ焼きの発祥に古典については記すのであれは良いですが、今で言う関東風がオリジナルというわけはないようですし、「具材を最初に完全に混ぜて自分で焼くものがオリジナルである」とするのはまずいでしょう。修正した点などについてこちらで説明させていただきます。Taisyoさん同様に、混ぜ焼きの発祥が「東京」であることは無論否定しておりません。--Aiwokusai会話) 2016年11月23日 (水) 02:49 (UTC)

上記のコメントを若干訂正いたします。染太郎などで現在も提供されているお好み焼きは、少なくとも古典として一応の完成形を見たものであり、岡田哲文献が確かであれば現在まで脈づく関東風として触れることは問題がないように思えます。ただ店舗等についての出典はもっとほしいかなと考えます。--Aiwokusai会話) 2016年11月23日 (水) 03:07 (UTC)

よくわからないのですが、Aiwokusai様って何人いらっしゃるのですか?私のコメントの署名もAiwokusai様の名前になっていますし、なんだかお一人で会話されているように見えますが。--110.67.189.101 2016年11月23日 (水) 06:01 (UTC)

外部リンク修正編集

編集者の皆さんこんにちは、

お好み焼き」上の3個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。

編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。

ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2018年3月16日 (金) 07:41 (UTC)

「お好み焼きの戦前史」について編集

先般発売された近代食文化研究会の「お好み焼きの戦前史」を読みましたが、極めて大量の一次資料によって裏付けされた興味深い考証で、これまでの通説を覆す内容がいくつも記載されておりました。Amazonより公式に発売されているカテゴリ1位の話題の新刊でもあり、これをソースとしてはならない理由があるとは思えないのですが、ご意見を求めます。--Okritre会話) 2018年5月31日 (木) 18:17 (UTC)

「一次」資料という点が非常にひっかかりますが、問題は内容ではなく「近大食文化研究会」が一体何者かという点であって、カテゴリで何位であるなどは関係ありません(それを第三者、何らかのメディアが取り上げたならまだしも)。「公式に販売」とおっしゃっていますが、Amazon Services International, Incは単なるKindle本を販売する媒体を運営しているだけであって、それだけでは編集者などの手が入った出版社などによる出版物には該当しません。近大食文化研究会なる人物が著名な人物や研究者であればまだしも。Wikipedia:信頼できる情報源WP:SOURCESをお読みください。--Aiwokusai会話) 2018年5月31日 (木) 18:27 (UTC)
Wikipedia:信頼できる情報源は、事実・法的解釈・証拠・主張などの点が専門家によって検証・分析されているものです。「一般人が資料を読んで研究・執筆し、Amazonで販売されているKindle本」は、学術的で査読を経た出版物には該当しませんし、仮に専門性のない記述であったとしてもWikipedia内ではいずれの記事においても使用は不可能です。くわえて、上で触れたメディア言及は近代食文化研究会という記事を作成す際の出典のひとつにはなりえるかもしれませんが、この記事において現状で出典として使用するには無関係であると思いますので誤解を招く可能性があるので訂正します。--Aiwokusai会話) 2018年5月31日 (木) 18:41 (UTC)
新紀元社から書籍として刊行されていますが、まあこれでもWikipediaの総意としては信頼できる情報源たりえないというのならそうなんでしょうね。http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1667-2/ --61.214.36.191 2019年3月23日 (土) 21:55 (UTC)
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