ノート:キール条約
「キール条約」の参考文献の除去について
編集記事「キール条約」は、2004年10月20日 08:46 UTCの編集(差分)で立項された時からずっと、参考文献の記載がありませんでした。その後、2012年2月23日 04:18 UTC の編集(差分)で他利用者より{{出典の明記}}タグが貼られた3ヶ月後、2012年5月28日 (月) 10:01 に、この編集(差分)で、利用者:Libertas(会話 / 投稿記録)さんによって、参考文献として武田龍夫氏の『北欧の外交』が追加されました。
ところが、Libertasさんによるこの編集以前の編集は、2006年6月8日 14:29 UTC の編集(差分)、2009年12月6日 13:12 UTC の編集(差分)、2010年9月9日 UTC での3回の編集(差分)であり、アカウント名が利用者:Hellsehen(会話 / 投稿記録)さんに変わってからの編集は2014年10月25日 11:45 UTC、2015年2月14日 04:16 UTC 、同月27日 13:16 UTC の3回の編集(差分)であり、いずれも、参考文献が必要とは思えない軽微なものばかりです。つまり、Libertasさんは、書籍の内容を記事本文に反映させるような加筆を一度もすることなく、ただ書籍名を挙げるに留めています。こうした編集を見て、当方はこの書籍にそもそもキール条約に関係する記述があるのかと強く疑いましたので、書籍を「関連書籍」として残すこともせずに除去させていただきました。万一これらの書籍が本当に参考文献であるならば、出典のページを脚注形式で本文中に示した上で参考文献として再度記載願います。
なお、Wikipedia:検証可能性#出典を示す責任は掲載を希望する側にに拠って、この書籍にキール条約に関する記述があるかどうかを確かめる義務は、除去する当方には無いと考えておりますことを申し添えます。
備考:利用者:Libertas(会話 / 投稿記録)さんが2012年5月28日 10:01 UTC に「キール条約」に参考文献の書籍のみを掲載したのと同時期の、他記事の編集について、下記に附記しておきます。