ノート:ヒンデンブルク号爆発事故

最新のコメント:12 年前 | トピック:超々ジュラルミンとの関係性 | 投稿者:110.5.49.202

記事名について 編集

現在の記事名は「ヒンデンブルクの悲劇 」となっていますが、「悲劇」は解釈・感想が入ったものなので、「ヒンデンブルク号爆発事故」などの方がよいかと思います。

記事内容の整理 編集

「硬式飛行船の特徴」は歴史的事件とは関係の薄い技術記事で、記事飛行船に在るべきものかと思うので、移動を提案したいのですが。LR 2006年12月8日 (金) 01:23 (UTC)返信

そのほうがいいと思います。ついでにその次の「 第一次世界大戦終戦までの硬式飛行船」も出来たら飛行船に移動させたいですね。--NOBU 2007年2月8日 (木) 13:32 (UTC)返信

超々ジュラルミンとの関係性 編集

本記事においては、ヒンデンブルグ号の事故現場より持ち帰った試料の研究がなければ日本(住友金属)が超々ジュラルミンを開発することが出来なかったかのように記載されているが、超々ジュラルミン記事によれば住友金属が超々ジュラルミンを開発に成功したのは1936年のことであり、1937年の本事故以前に既に開発に成功していたことになりおかしいです。超々ジュラルミンと本事故との関係性・時間軸前後性について検証可能な出典の提示を求めます。提示がない場合該当箇所は削除します。--110.5.49.202 2011年12月5日 (月) 22:38 (UTC)返信

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