ノート:五行歌/削除

最新のコメント:19 年前 | トピック:Wikipedia:削除依頼 2004年8月 より | 投稿者:Kozawa

このページは五行歌の過去の版について削除依頼の議論内容を保存した物です。

現在の記事へのご意見はノート:五行歌にて行ってください。

下記の議論により、このページは削除されました。このノートを編集/削除しないようお願いします。

Wikipedia:削除依頼 2004年8月 より 編集

五行歌、利用者:百楽天 編集

ノートに指摘があります。利用者ページのほうにも同一内容が古い版においてコピーされているので、前者が著作権侵害である場合後者も削除する必要があります。 Kzhr 2004年8月15日 (日) 10:00 (UTC)返信

  • 版は、初版から2004年3月28日 (日) 16:59 61.126.196.27のものまでです。 Kzhr 2004年8月15日 (日) 10:05 (UTC)返信
  • (コメント)この利用者に関する削除議論の進め方について確認の必要があるかと思います。最近まで、「この利用者の削除議論の進め方が妨害に当たるのではないか」という議論の最中でしたが、現在は別の理由により一時的に投稿ブロック状態にあります。この投稿ブロックが解除されるまで議論を凍結し、その後参加してもらうのか、ブロック中につき該当ページのノートではなく井戸端BBSで議論に参加してもらうのか、あるいは本人にはコメントを求めず削除議論を進めてよいのか、についてです。Dora 2004年8月15日 (日) 16:26 (UTC)返信
  • (コメント)過去の削除依頼では、ブロック中の投稿者の投稿を削除する際、とくに意見を求めることはしていません。転載の事実を投稿者が否定していた場合でも同じです。もともと削除依頼が投稿者についての議論ではなく、削除依頼対象の版についての議論である以上、この依頼について特段の配慮をする必要は感じません。また投稿者本人のコメントが必要であるということになると、ウィキペディアを現在利用していない人が残した編集に後日問題が見つかったとき、対処できなくなりますので、その点からも反対です。ただ、利用者ページには削除依頼に出ている旨連絡しておくべきかもしれませんね。そうすれば万一削除になった場合も、その後の編集によるデータを保存できますから(ブロック中でもログインはできます)。--Aphaea 2004年8月15日 (日) 16:55 (UTC)返信
    • (追コメント)Doraです。通常の手続きについて説明していただき、ありがとうございました。私が上記コメントを書いたのは、「投稿者本人のコメントが必要である」と考えているからではありません。投稿者が発言する権利を確保する余地があるかな?と感じたためです。今回の特殊性と私が感じている事情は、i) 先日まで行われていたブロックの議論は、「該当ユーザが削除議論に参加する権利を制限すること」に関する合意形成の過程だったと思いますが、その結論は出ていないこと、ii) 現在の投稿ブロックは、それとは異なる理由で行われた措置であり、私の見る限り、何らかのアクシデントが絡んだもので、比較的短期間でブロックが解除される可能性が高いと思っていること、です。したがって、「投稿者がウィキペディアを既に利用していない」場合とは区別して考えることができるかと考えた次第です。
      そこで今回、該当ユーザーには、「議論に参加したければ、井戸端BBSから参加することができる」旨の告知をすることを提案したいのですが、いかがでしょうか。Dora 2004年8月15日 (日) 22:52 (UTC)返信
  • (コメント)残念ですが、ご提案に賛成する理由が見出せませんでした。第一に他と区別する特段の必要を認めません。すでにウィキメールで著作権侵害やブロックについて管理者の方にメールすることはされておられるようですので、とくに告知の必要はないでしょう。第二に、そのことはかえって議論の正常化に寄与しないのではないかと考えます。議論の過程で指摘されたことのひとつに、話題に出ている特定ユーザが、「議論と直接しないことを、長文に渡って投稿し、議論を阻害する」ことがありましたが私もこれに同感です。かえって審議を紛糾させるだけではないでしょうか。また特定ユーザに対して他のユーザには提供していない特別な便宜を図るというのはウィキペディアの理念に反すると考えます。なお復帰の見通しですが、さきほど井戸端BBSを覗いた限りでは当該ユーザは「いうことが二転三転し、しかも再現性のないことを理由としてあげるなど、そもそも何をいっているのか理解不能である」「新規に他のユーザーと紛争を起こしている」などから私はむしろブロックが長期化するのではないかとも考えています。--Aphaea 2004年8月16日 (月) 09:39 (UTC)返信
    • (追々コメント)毎回きっちりしたご意見をありがとうございます。Aphaiaさんのコメントの「第一」の理由は、特に告知しなくても該当ユーザは知っている筈だから問題ない、ということでしたら、私の提案は取り下げたいと思います。ただ、「第二」の点についてコメントですが、私がまさに心配していることかと思います。繰り返しますが、該当ユーザのやり方が議論の妨害に当たるので、議論への参加を制限しようかどうしようか、という先日のブロック議論の結論は合意形成に至っていません。ですから、Aphaiaさんのお考え「参加を促すと議論が紛糾するので、参加させないほうがよいのでは」というのは、合意がとられた考え方ではありません。当然、それに対して反論があることは予想していただけると思います(私は反対です)。私は、特定のユーザに便宜を図るというよりは、特定のユーザが理不尽な不利益を蒙ることがないように常に慎重になりたいと考えているのでこの提案をしました。いずれにしても、合意形成に至らなかった「議論妨害?」のブロックと、現在の「発言改竄」ブロックとを、明確に目的を区別し、早く今回のブロックが解除され、以前のブロック議論に戻るのが正常と考えている私にとっては、今回のブロックが長期化するとしたら非常に残念です。どうもお騒がせしました。Dora 2004年8月16日 (月) 15:54 (UTC)返信

百楽天さんは今ブロックされていてココには書き込みできないので、井戸端BBSに議論の場を設けています。ココで勝手に決めては欠席裁判みたいになるので、井戸端BBSでやってください。必殺口出し鉄五郎 2004年8月18日 (水) 09:50 (UTC)返信

  • (コメント)ここまたはノートページで削除関係の議論をするというのは、コミュニティの合意で決まっていることです。また投稿した時点で、将来の削除の可能性に投稿者は同意を与えているので「勝手に」ではありません(編集ウィンドウの下部4.を参照)。
  • (賛成)といいつつ井戸端の百楽天氏を名乗る投稿で、引用元からの転載は1.条件付であること、2.ネットのみに思われる(書籍形態での配布許可などは与えられていない)との指摘がありました。GFDLに適合しない配布形態のソースのようなので、削除を支持します。Wikipedia にはCD-ROMや紙媒体での再配布も検討されていますので、プロジェクト内に限っても受け入れられない素材であるとも思いました。なお初版の内容を以後の版も継承しているようなので、念のため全削除がよいのではないでしょうか。--Aphaea 2004年8月18日 (水) 12:41 (UTC)返信
    • 賛成)GFDLに依れば法律違反を除き(人格権侵害など)改変を拒むことはできない。Tietew [Talk] 2004年8月20日 (金) 06:44 (UTC)返信
    • (コメント)井戸端BBSを読み直してきましたが、「五行歌に言及する際は査読が必要」であるというようにも読めるように思いました。直接引用元があるかはわかりませんが、念のため、五行歌に言及している他の記事も削除依頼に出して個別に審議する必要があるのではないでしょうか。--Aphaea 2004年8月21日 (土) 06:04 (UTC)返信
    • (コメント) 井戸端BBSにも書きましたが、念のためこちらにも記しておきます。この「五行歌」の話題を扱っているスレッドタイトルの「すべて承認済みです」の意味するところに Wikipedia が GFDL によって運用されており、利用者による自由な加筆・修正が含まれていて、それをも許容しているかは非常に疑問を持っています。なぜならばスレッドの中で『[[五行歌]] は、五行歌の会の承認も得ており、』、『[[五行歌]] ももちろん記事を立てる前に承認を得て、その後何度もチェックを受けています。』と百楽天さんは仰り、「五行歌」 を執筆・加筆・修正を行う時は「五行歌の会」による査読(検閲)・承認が必要であることを匂わせています。また同じ発言内に『ウォッチしている人も何人もいます。だからすぐに私の耳にも入ってきたのです。』と発言し、修正が行われた場合には百楽天さんご自身に連絡が入り「五行歌の会」の意思に沿った再修正を行うことが示唆されています。もし「五行歌の会」が「五行歌」を扱う文章や記事に気を配り、その内容について何らかの約束ごとを課すことを必要とするのであれば、Wikipediaの記事に「五行歌」は扱えないこととなると思います。外部の組織などによる査読(検閲)・承認が必要な記事は、自由な執筆を阻害し、外部の組織の目で見た(多くの場合、有意性を示した)執筆になり中立性を欠いた記事になることを意味します。井戸端BBSでの百楽天の発言された「五行歌」記事の執筆の経緯を拝見すると、著作権侵害の恐れとは別に「GNU FDLL不適合」の可能性が非常に高い記事であるように感じています。 baffclan 2004年8月21日 (土) 12:40 (UTC)返信
    • (コメント) 井戸端BBSにも書きましたが、念のためこちらにも記しておきます。
      五行歌の会主宰者からも、転載を許可している旨のご確認を頂きましたので、本件は著作権侵害には当たらないと考えられます。ただ、その主宰者の方はGNU FDLについては、ご理解いただいていない可能性が高いです。Miya 2004年8月23日 (月) 05:39 (UTC)返信
GFDLリリースであるとみなして良い条件がそろえば、もちろん再投稿可能なわけですが、それはそれとしまして。一般に言って、特殊な条件での契約を行う場合には、その特殊性について説明をするというのは、法的にはそうでなくても大丈夫な場合もありはしましょうが、マナーとは言えると思います。GFDLについて基本的な内容かつ、通常著作物の流用について許可を受ける際の条件として一般的ではないと思われる、改変の自由と(商用を含む)再配布の自由についての内容説明は許諾を得る際にあってしかるべきだと私は考えています。これを満たしていないものは削除すると削除依頼の条件に明記してもいいと思います。しかも、それが通常その権利主体が許している流用条件と矛盾している場合、つまりウィキペティアに例外的条件を認めてもらおうという場合であれば、それが認識されていたとは思えないというのは削除理由として十分かと思います。 Kozawa 2004年11月3日 (水) 14:13 (UTC)返信

ノート 編集

文中で気になったところがあります。下記部分です。

 この雄略天皇の歌は五七調ができる前のものであるが、これについて正岡子規が書いたことを現代口語に意訳してみよう。
「この歌が面白くないという人は、五七調にそろわないからだという。それは甚だしい誤りだ」「五七をのみ歌の調と思って三、四、六音の趣味も変化も知らず、あるいは歌はいかめしく真面目なことのみ詠むものと思って万葉集第十六のような滑稽の歌を知らないようでは量見がせまい」
  子規はこう喝破していたのである(日本附録週報/明治33年5月14日)。

この、第一文の「意訳してみよう」の箇所が特に気になっています。意訳する必要性はなんでしょうか? 長文を短くするとかそういうことでしょうか?(その場合「要約」が正しいですが) それともかなり難解な文章であるとか? いずれにせよ、日本人の書いたものを意訳する異議が、文中からは読み取れません。で、現記事の情報を元に、私なりに代案を考えてみました。

この雄略天皇の歌は五七調ができる前のものである。これについて正岡子規は、五七調に揃わないことを理由にこの歌を取るに足らないものとするのは、歌はいかめしく真面目なことのみ詠むべきという偏見や、三、四、六音の趣味・変化への知識不足に基づくものと指摘している(日本附録週報 明治33年5月14日発行)。

本文中に直接書くという手段もあったのですが、なにせ知識不足なもので、意訳とするなんらかの必要性があるのかもしれないと思い、まずはノートで提案してみました。ご検討いただければ幸いです。記事の発展を楽しみにしています。MH 17:29 2004年4月3日 (UTC)


MHさん、ありがとうございます。 原文を引用しようかとも思ったんですけどね。

当然、著作権切れのものですが、Wikipedia では辞書からの引用でも削除依頼が出されるようです。 参考文献をあげたら、それもやめたほうがいいとのご指摘が。 で、あんな書きかたをしてしまったんです。

まず、要約を書いて、原文を載せる。 明治の文章はほとんど改行なしで、それも読みにくいから、原文は適当なところで改行して。 わかりにくいところには、注釈をつけて。 ホントはそうしたかったのですが。 百楽天


初版の、五行歌の特徴を述べた冒頭部分などに、こちらのページと表現などがよく似ている部分があります。[1][2][3]

この外部ページ3つは、互いに同一の文章を含んでいますが、どれらかが原典で、他がそれを利用しているものなのか、あるいは第三のソースなどがあってそれを元に記述しているからそうなっているのか、などということはよくわかりません。。Tomos 2004年7月21日 (水) 11:47 (UTC)返信

123.200.4149さんへ; 主観的な思い込みではなくて、客観的な出典に基づいて記事を書き、その出典を脚注に示してくれませんか。また特定の団体に偏らないように中立性を保って記事を書いてくれませんか。) (6538qsun 2011年3月29日)

123.200.4149さんへ: まだ出典を示さず、中立性を保たない姿勢はウキペデイアの基本原則に抵触していますから、脚注に出典を示してくれませんか。そしてまた「五行歌の会」以外の五行歌の団体の名前を出さない姿勢は、どうしても記事に偏りが出てしまい、不公平ではないでしょうか。ウキペデイアは、特定の団体を宣伝する場ではありません。もっと公平な記事をお願いします。  それでは私の記事の出典をさらに徹底し出典を検証するために、「五行歌の商標登録」の出典として、草壁氏自身が五行歌の会のサイトである「談話室」で、最近書き込んだ記事をここに掲載します。その談話室は、その3日後に、なぜか草壁氏自身によって閉鎖され削除されてしまいましたが、その記事を保管しておきましたので、ここに出典として公表します。 『タイトル : Re^2: この談話室を閉鎖するに当たって ③ 投稿日 : 2011/03/02(Wed) 10:31 投稿者 : 草壁焔太 <entakun@5gyohka.com>  五行歌の商標登録は、これを誰かに取られてしまうと、せっかく自分で考え、命名した物を自分が使えなくなることを畏れたために取ったのです。私の作った物を利用して、悪たれをつくくらいはまだ可愛いほうで、これはオレ のほうが先に商標登録したから、使うたびに使用料を払えといってくる者が現代社会では非常に多いと聞きます。   有名会社の名前などは、たとえば○○という名前だとすると、○○商事、○○物産、○○貿易、○○恒産、○○銀行、○○新聞といった名前が、誰かによってみな登録されていると言います。  こうして、自己防衛のために、登録したのですが、その結果として、五行歌を新聞や雑誌のタイトルにつけるときは、法的には私どもに断らなくてはならないことになりました。  しかしながら、五行歌は一方で、誰にも使ってもらいたい器の様式のようなものでもある。このために、当方ではまだ使用料を取ったことはありません。私も一生このために苦労したから、ほんとうは取ってもいいかもしれんな あと思うこともあります。 歌集を出したり、雑誌を出したりする人たちから、取ったらどうだろうか。しかし、芭蕉や、西行に聞いたならば、悲しい顔をして俯くと思います。前川佐美雄も、がっかりしたような顔をするでしょう。彼らはうたびとですから。』 これが草壁氏が五行歌を商標登録したという出典です。(2011年3月30日、6538qsun):

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