ノート:恵方巻

最新のコメント:6 年前 | トピック:恵方巻きブームの始まりについて一言(No.3) | 投稿者:InternetArchiveBot


恵方巻きブームの始まりについて一言 編集

 福岡県在住の者です。「恵方巻き」の呼称と全国的な拡がりは1989年広島県のセブンイレブンから始まった・・・、となっていますが、 実は1985年2月の節分に、福岡市に本社がありますスーパーマーケットチェーンのサニー(当時福岡県、佐賀県、熊本県下に約50店舗展開中)で、 特売チラシ企画に「恵方を向いて食べる巻き寿司」として取り上げられ、2、3年で福岡都市圏を中心にブームに火がつき一気に拡大したものです。  その時の企画の当事者として証言しておきます。 --福岡カオス

ShikiHでございます。そのとき「恵方巻」という名前でしたが? この言葉の初出を確認したいので、ぜひお知らせください。また、なにか確実な典拠があれば、1985年の記事を書き加えます。--ShikiH会話2015年2月16日 (月) 08:17 (UTC)返信

恵方巻きブームの始まりについて一言(No.2) 編集

 ShikiH様、フォローありがとうございます。  早速ですが、ご質問の「恵方巻き」の呼称をその当時使用したか否かについては定かではありません。 「恵方を向いて」「巻き寿司を食べる」という2点については明確に特売チラシに掲載し伝えなければ、 一般消費者には何の企画なのか全く意味不明のものになるわけですから当然この説明は外せません。  ところで当時「恵方巻き」(呼称使用は別として)企画に至った簡単な経緯を説明しておきます。  それまでの小売業界の節分特売といえば旧態依然とした「節分豆、落花生、キャラメル・・」程度のもので、 売上には殆ど無縁でした。 日々、業績アップのアイデアを求められる販促企画担当者として藁をもつかむ思いで 色々な情報の中から「大阪船場の風習」というコラムに辿りついたわけです。  勝手な推測ですが、この瞬間こそが今日の「恵方巻きブーム」の原点と確信しています。  1985年2月サニーが仕掛けた節分イベントが福岡都市圏を中心に北部九州では2、3年で一大ブームとなりました。 全国への波及は時間の問題です。当時、福岡のラジオ局アナウンサーのコメントに「何で福岡からブームに!?」 というアナウンスが流れたことを憶えておりますが今でも耳に残る象徴的な一言です。  Wikipediaの情報の中で「日本各地における普及・販促活動」という項目がありますが、 その中の「広島のセブンイレブン云々・・・」のコメントにはどうしても違和感を感じざるを得ません。  ただ、以上のような経緯を事実としてお伝えしたとしてもご指摘のような典拠らしきものをご提示できないことが 残念です。今日の「恵方巻きブーム」の歴史の一端として知っておいていただければ幸いです。 --Miyamoto tokiji会話2015年2月17日 (火) 13:32 (UTC)福岡カオス 返信

恵方巻きブームの始まりについて一言(No.3) 編集

 1987年2月当時のチラシ広告‶節分巻き寿司″の販促計画書が見つかりました。これは1985年2月を第一回(年)目として、 1986年に引き続き、‶第三回(年)目の計画書″です。年間販売促進スケジュールの中で節分の‶巻き寿司企画″が主役に躍り出た貴重な 記録です。  個人的な書類の断捨離中、偶然に見つけたもので改めて周囲の方々にも見ていただき確認してもらった記録資料です。 前回までの投稿では『典拠』らしきものを提示することができずに、説得力不足を痛感しこれまで鬱々とした時間が過ぎていました。 今回見つけた当時の計画書を目の前にし、改めて、これまでの前2回の投稿内容が事実であったことが証明でき、説明責任を果たすことができ たことで長年の溜飲を下げたところです。

 尚、‶恵方巻き″の呼称については、当時、目にした参考資料の百科事典のコラムの中でも‶大阪船場の風習″として当時から使われていた ような記憶がありますが・・・・、残念ながら定かではありません。

 ご存じのように、小売業界では常に各企業とも、同業各社の情報収集に躍起になっているのが実情で、他社の企画といえども、いいと思えば 何でも自社企画にしてしまうのが日常茶飯事の業界です。  広島のセブンイレブンが始める4、5年以前から北部九州13万世帯(当時の1回当たりチラシ広告配布枚数)の衆目を集めて、既に一大 ブームとなっていたイベントです。13万部のチラシ広告という膨大なマスメディア媒体を使って一般消費者へ告知したのは、当時では恐らく 我国初の試みであったと思いますし、かなりのインパクトがあったことを記憶しております。同業他社に情報が伝わらないはずがありません。  今、思えば、『食を通して人々の幸せを願う』という当時の企画思想から生まれた‶節分巻き寿司企画″が、今日、我国の食文化の最大 イベントに上り詰めたことは必然だったのでしょう。  今日、「ブームの火付け役は?」の歴史認識も様々な情報が飛び交い、かまびすしいものがありますが、すべて推測の域を超えません。  今回の1987年2月の実在する計画書がすべてを物語っております。 改めて我国の食文化に於ける正しい歴史認識をしていただきたく投稿させていただいた次第です。、

--福岡県在住:宮本登喜治

 





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恵方巻」上の6個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。

編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。

ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2018年3月27日 (火) 15:02 (UTC)返信

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