ノート:教育再生会議

最新のコメント:17 年前 | トピック:表現手法について | 投稿者:Fotosintesi

表現手法について 編集

  • 節名(見出し)という目立つ部分において、教育"再生"会議 のような皮肉的な、否定的な、あるいは揶揄する表記と受け取られるおそれのある強調表示を用いることは妥当でしょうか。
  • 百科事典に様々な主義主張の「存在」を併記することは有用ですが、百科事典自身が一方の主張を自らしているかのような体裁を取るのが適切とは思いません。
  • 当該部分の節名は「会議に対する賛否」とか「会議に対する評価」とか「世論の反応」など、「いろんな意見がありますよ。それをこの節に書きましたよ」という趣旨のものにすべきではないですか。見出しは「参照しやすく」するためのものであって、記事項目(事象)に対するイヤミを目立たせるために使うものではないと思います。
  • 節名に直接、注釈もなしに 教育"再生"会議 と書くと、「へえ~"再生"ですか。ごりっぱな名前ですなぁ」などとウィキペディア自身が日本政府の機関を揶揄していることにならないですか。
  • 編集を送信して記事に組み込まれた瞬間にそれは単にその部分を加筆した編集子個人の意見表明でなく、百科事典ウィキペディアの共有見解と受け取られかねないものなのだから、表現手法は慎重に考えて加筆すべき。賛同がある、批判がある、その事実を淡々と書けばいいと思います。
  • 百歩譲って当該部分の節名を 教育"再生"会議 から「教育"再生"会議」とカギ括弧を付けるならギリギリ理解できます。「百科事典自身が他者を揶揄する」のは問題ですが「揶揄する表現が存在することを揶揄であるとわかるように書く」のは問題ないと思うからです。

--無言雀師 2006年12月4日 (月) 16:44 (UTC)返信

追記します。カギ括弧なしの 教育"再生"会議 という表現を絶対に見出しで使うべきでない、とまではいいません。たとえば
==会議に関する賛否==
===賛同的意見===
===批判的意見===
====教育"再生"会議====
のように「批判的意見を羅列する中での小見出し使用」であれば、ウィキペディア自身が一方の意見に味方したように受け取られるおそれはほぼなくなると思われますのでかまわないと思います。当方が今回異論を述べたのは、そうでなく前提なしに大見出しにいきなり揶揄的な表現を用いることで「自ら反論する手段を持たない無抵抗のウィキペディア氏の口を利用して一方に加担する批判的意見を言わせるのはあんまりだ」と感じたからです。「さぁこれから否定的意見を羅列しますよ」と前提を冠する形式での小見出し的な使用なら問題視しません。--無言雀師 2006年12月6日 (水) 19:20 (UTC)返信
返事遅れて申し訳ありません。無言雀師 さんの案に賛同します。--ヒギ 2006年12月6日 (水) 20:13 (UTC)返信
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