ノート:服藤早苗

最新のコメント:8 年前 | トピック:要検証範囲の貼付 | 投稿者:山田晴通

要検証範囲の貼付 編集

「佐伯順子の「遊女神聖論」を批判した」と「高群逸枝が史料の改竄を行ったとする説に対し、説全体は正しいと反論した」を要検証範囲としました。

  • 「佐伯順子の遊女神聖論」を批判した」
    • 少しネット上の検索をしたところ、小谷野敦による言及がありましたので、とりあえず典拠として挙げておきました。しかし、懇親会の立ち話で批判したという意味の記述ではないと思いますので、より適切な典拠の提示が必要でしょうし、「批判した」内容が何であるかは、現状の記述からは分かりません。この分野に通じた方から適切な記述がなされることを期待します。
  • 「高群逸枝が史料の改竄を行ったとする説に対し、説全体は正しいと反論した」
    • 「高群逸枝が史料の改竄を行ったとする説」が誰の説か、あるいはその分野では定説となっている見解なのか、よく分かりません。いずれにせよ、その説について「説全体は正しい」としたことが「反論」と表現されるのは意味不明です。そうした説について、基本的に正しいが、こういう瑕疵がある、といった議論を下のでしょうか? こちらについても、この分野に通じた方から適切な記述がなされることを期待します。

このほか、とりあえずは、要出典範囲としましたが、「江村」が本姓か否か、佐伯説への批判が「日本史学者として唯一」なのかも、検証が必要かと思います。--山田晴通会話2013年6月25日 (火) 05:24 (UTC)返信

  • 出典を追加しました。なお「日本史学者として唯一」というのは、誰かが、ほかにも批判している人がいると反論しなければ議論として成立しません。この議論について第三者でまとめた人が今のところ見当たりませんので暫定的にこれでいいと思います。121.94.180.215 2015年7月20日 (月) 12:52 (UTC)返信
    • Wikipedia:検証可能性#「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」」をご確認ください。「日本史学者として唯一」については、誰かがそのように評価している記述などの典拠がない限り、描くべきではありません。事実として、他の日本史学者による批判の事例がないとしても、その事実に基づいて書いてしまっては検証可能性を満たさない独自研究でしかありません。2年以上にわたり、典拠が提示されず、典拠の追加に取り組まれた方もそのような記述を見付けられないのであれば、むしろ積極的に除去すべきであると考えますので、とりあえず、コメントアウトとします。--山田晴通会話2015年7月20日 (月) 13:39 (UTC)返信
ページ「服藤早苗」に戻る。