ハール測度

局所コンパクト位相群上で定義される正則不変測度

解析学におけるハール測度(ハールそくど、: Haar measure)は、局所コンパクト位相群上で定義される正則不変測度である。ハンガリーの数学者アルフレッド・ハールにその名を因む。

定義 編集

G局所コンパクト群BG のコンパクト集合全体から生成される完全加法族とする。零でない非負値完全加法的集合関数 μ: BR+ ∪ {∞} で、以下の条件

  1. G のコンパクト集合 K の測度 μ(K) は有限値をとる。
  2. G の開集合 O の測度はコンパクト集合 KO で内側から近似される(μ(O) = sup μ(K))。
  3. G の任意の部分集合 S の測度 μ(S) は開集合 OS で外側から近似される(μ(S) = inf μ(O))。
  4. G の元 g による左移動作用に関して任意の集合 S の測度は不変である(μ(g(S)) = μ(S))。

を全て満たすものを測度空間 (G, B) 上の左ハール測度と呼ぶ。一般に条件の 2-3 が満たされる測度は正則 (regular) であるといい、また不変性をいう条件 4 を右移動作用に関する不変性あるいは両側不変性に取り替えて、右ハール測度ハール測度が定義される。

局所コンパクト群上に左(あるいは右)ハール測度は必ず存在して、しかも正定数倍の違いを除いて一意に定まる(二つの左ハール測度 μ, μ′ があれば μ = c μ′ となる正の定数 c が取れ、また右不変なものに関しても同様である)。逆元を取る作用により左不変測度は右不変測度に、右不変測度は左不変測度にそれぞれ移される。

不変汎関数 編集

局所コンパクト群 G 上のコンパクト台を持つ複素数値連続関数のなすベクトル空間を Cc(G) とし、その連続的双対空間を M(G) とする。不変ハール測度は不変正値汎関数(ハール汎関数とも呼ばれる)と一対一に対応するので、しばしば不変ハール測度と不変ハール汎関数とを同一視して扱われる。

実際に、局所コンパクト群 G とその上の左ハール測度 μ に対して Cc(G) の元 f の μ に関する積分を対応させる汎関数

 

は左不変ハール汎関数であり、逆に左不変ハール汎関数 Φ が与えられたとき、左ハール測度 μ で Φ の各 fCc(G) ので値 Φ(f) を f の μ に関する積分として実現するものが取れる。ただし、複素数値汎関数が正値あるいは非負値であるとは、G 上の関数 f(x) が正値(恒等的に非負)ならば

 

となることを言う。また、汎関数が左不変であるとは、G の元 gG における左移動作用の構造移行

 

によって汎関数の空間 M(G) への左移動作用を定めるとき Lgμ = μ が G の任意の元 g でなりたつことをいう。左不変性を右不変性、両側不変性に取り替えたものも同様に定める。

編集

通常の位相と加法に関する位相群 Rn における通常のルベーグ測度 dx や通常の位相と乗法に関する位相群 R×
+
 
の乗法的なルベーグ測度 dx/x はハール測度である。

有限群 G の平均化作用素

 

を積分の形で

 

と書いたときの dμ はハール測度である。もう少し一般に、離散位相を持つ位相群上の数え上げ測度はハール測度を与える。

モジュラー函数 編集

局所コンパクト群 G とその上の左ハール測度 μ および G の元 g に対し、g による右移動 Rg で μ を移した Rgμ はやはり左不変測度である。したがってハール測度の一意性から

 

となる G 上の正値函数 ΔG が存在する。これを "群 G 上のモジュラー函数 (modular function)[note 1]と呼ぶ。モジュールは絶対値 1 の複素数全体の成すコンパクト群 T1 を表現加群とする G の表現(群の指標)を与え、その意味でモジュラー指標 (modulus character) と呼ばれることもある。また、

 

は右ハール測度であり、この式はハール測度 μ の取り方には依らないから、この意味でモジュール ΔG は「左右のハール測度のずれ」を測るものであるとみることもできる。特に ΔG が恒等的に 1 に等しいとき、局所コンパクト群 G は両側不変なハール測度を持ちユニモジュラー (unimodular) であるといわれる。

  • アーベル群が必ずユニモジュラーであることは直ちにわかる。
  • コンパクト群は、連続像がコンパクトであることと正数全体の成す乗法群 R ×
    +
     
    の有界な部分群が {1} に限ることとの二者からやはり必ずユニモジュラーになる。

局所コンパクト群 G 上の左ハール測度 μ と自己同型 φ があれば、φ−1(μ) (φ−1(dμ(x)) := dμ(φ(x))) はやはり左不変測度であり φ−1(μ) = aμ なる正定数がある。このとき、mod(φ) = a と記して "自己同型 φ の" 母数モジュールなどと呼ぶ。これはハール測度のとり方によらない(とくに右不変ハール測度から定義しても同じ値が現れる)ことが確かめられる。

  • 左移動作用 Ls のモジュール modG(s) := mod(Ls)はちょうど ΔG(s) の逆数になる。

K局所コンパクト体ならば、K の左正則表現の作用素、つまり乗法群 K×の元 s による加法群 K への左移動作用

 

は加法群 K 上の自己同型であるのでそのモジュールを考えることができるが、これを modK(s) と記す:

 

さらに、modK(0K) = 0K と置いて K 上の関数に拡張すると、これは正の実数全体への連続函数となる。

この局所コンパクト体上のモジュールは絶対値の概念の自然な一般化である。実際、実数体 R 上のルベーグ測度 dx に対して任意の区間 (a, b) 上の関数 f(x) を与えるとき

 

となるので、a → −∞, b → ∞ とすれば

 

となり、d(sx) = |s| dx すなわち、modR(s) = |s| が得られる。また、体の拡大あるいは有限階数の多元環の拡大 L/K が与えられるとき、NL/K を拡大の被約ノルムとして

 

が成り立つ。特に、C複素数体、H四元数体とすると、それぞれの標準的な絶対値 |•| に対して

 

などとなる。とくに、局所コンパクト体はモジュールを付値として局所体の構造を持つ。

注記 編集

  1. ^ モジュラー函数というと、重みが 0 のモジュラー形式を指すことが多いが、それとは異なる。

参考文献 編集

  • ニコラ・ブルバキ 著、宮崎浩・清水達雄 訳『積分4』東京図書〈ブルバキ数学原論〉、1969年(原著1963年)。ISBN 978-4489002090 
  • André Weil (1971). Basic Number Theory. Academic Press 
  • 小林, 俊行、大島, 利雄『リー群と表現論』岩波書店、2005年。ISBN 4-00-006142-9 

外部リンク 編集