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フェリクス水道

イタリアのローマの水道施設

フェリクス水道(フェリクスすいどう、ラテン語: Aqua felix)は、イタリア ローマにある、中世ルネサンス時代にローマ教皇シクストゥス5世により造られた水道。教皇の本名フェリックス・ペレッティ(ラテン語: Felix Peretti)に因んで名付けられた。日本語訳としてフェリーチェ水道と表記されることもある。

フェリクス水道
ラテン語: Aqua felix
イタリア語: Acqua Felice
Rom 2011-08-by-RaBoe-17.jpg
別名 フェリーチェ水道
概要
自治体 ローマ
イタリアの旗 イタリア
座標 北緯41度50分45.6秒 東経12度33分39.6秒 / 北緯41.846000度 東経12.561000度 / 41.846000; 12.561000座標: 北緯41度50分45.6秒 東経12度33分39.6秒 / 北緯41.846000度 東経12.561000度 / 41.846000; 12.561000
着工 1585[1]
完成 1590
寸法
全長 24km
技術的詳細
構造方式 石造・コンクリート造建築
設計・建設
建築家 Giovanni Fontana, Domenico Fontana
主要建設者 ローマ教皇庁
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概要編集

カシリーナ街道英語版沿いの水源パンターノ・ボルゲーゼ(Pantano Borghese)[1]から約24km離れたローマに水を供給していた。水源から13kmは地下を、その後ローマ・ヴェッキアで地上に出てアレクサンドリナ水道クラウディア水道マルキア水道の遺構の水道橋(連続アーチ橋)を改築再利用[1]してローマに達し、終端点のクイリナーレの丘フェリクス水道の泉(モーゼの噴水)まで[1]繋がっていた。

建築家ドメニコ・フォンターナジョバンニ・フォンターナの設計で造られたフェリクス水道により、6世紀までにローマ水道が破壊されたため水を得ることが難しくなっていた、主に修道院が建てられていたローマ南東部の丘陵地区に再び水を供給することが可能となった。1589年10月には教皇シクストゥス5世の私邸であったVilla Montaltoに給水が開始され、その後1589年には少なくとも27の泉に水が供給されるようになった。

碑文編集

フェリクス水道の泉の碑文と日本語意訳。

SIXTUS V PONT MAX PICENUS / AQUAM EX AGRO COLUMNAE / VIA PRAENEST SINISTRORSUM / MULTAR COLLECTIONE VENARUM / DUCTU SINUOSO A RECEPTACULO / MIL XX A CAPITE XXI ADDUXIT / FELICEMQ DE NOMINE ANTE PONT DIXIT

ピケヌム出身のシクストゥス5世 / この水道をColumnaeから引く / プラエネスト街道の左にある / 幾つかの水源から / 曲がりくねった水管を造り / 水源池から20マイル、泉源からなら21マイルの距離である / 教皇名を得る前の名フェリクスに因んで名付けられる

参考文献編集

関連項目編集