ブラウンロー・セシル (第8代エクセター伯爵)

第8代エクセター伯爵ブラウンロー・セシル英語: Brownlow Cecil, 8th Earl of Exeter1701年8月4日(洗礼日) – 1754年11月3日)は、イギリスの貴族。1701年から1722年までブラウンロー・セシル閣下儀礼称号を使用した。

生涯編集

第6代エクセター伯爵ジョン・セシルとエリザベス・ブラウンロー(Elizabeth Brownlow)の次男として生まれ、1701年8月4日に洗礼を受けた[1]。1718年4月15日、ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ英語版に入学した[2]

トーリー党の一員として1722年3月24日にスタンフォード選挙区英語版庶民院議員に当選したが[3]、わずか2週間後の1722年4月9日に兄ジョンが死去すると、エクセター伯爵の爵位を継承した[1]

1727年10月11日のジョージ2世戴冠式に参加した[1]。1744年、リンカンシャー副統監に任命された[2]

1754年11月3日に死去、11日に埋葬された[1]。長男ブラウンローが爵位を継承した[1]

家族編集

1724年7月18日、ウェストミンスターでハンナ・ソフィア・チェンバーズ(Hannah Sophia Chambers、1702年頃 – 1765年4月30日、トマス・チェンバーズの娘)と結婚[1]、下記の子女を儲けた。

  • ブラウンロー(1725年 – 1793年) - 第9代エクセター伯爵、子供なし
  • トマス・チェンバーズ(1728年 – 1773年8月14日) - 1751年2月20日、シャーロット・ガーニアー(Charlotte Garnier)と結婚。初代エクセター侯爵ヘンリー・セシルの父
  • アン(1734年 – 1785年)[4]
  • エリザベス(1813年10月13日没) - 1757年11月24日、ジョン・チャップリン(John Chaplin、1764年没)と結婚、子供あり

出典編集

  1. ^ a b c d e f Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, Herbert Arthur, eds. (1926). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Eardley of Spalding to Goojerat) (英語). 5 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 220–221.
  2. ^ a b "Cecil, Brownlow. (CCL718B)". A Cambridge Alumni Database (英語). University of Cambridge.
  3. ^ Watson, Paula (1970). "CECIL, Hon. Brownlow (1701-54), of Burghley House, Stamford, Lincs.". In Sedgwick, Romney (ed.). The House of Commons 1715-1754 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年7月24日閲覧
  4. ^ "Portrait of Lady Anne Cecil, Attributed to Enoch Seeman (1694-1745)" (英語). The Burghley Collections. 2019年7月24日閲覧
グレートブリテン議会英語版
先代:
チャールズ・セシル
チャールズ・バーティー英語版
庶民院議員(スタンフォード選挙区英語版選出)
1722年
同職:チャールズ・バーティー英語版
次代:
チャールズ・バーティー英語版
ウィリアム・ノエル英語版
グレートブリテンの爵位
先代:
ジョン・セシル
エクセター伯爵
1722年 – 1754年
次代:
ブラウンロー・セシル