マラッカ包囲戦 (1568年)

1568年マラッカ包囲戦(マラッカほういせん、英語: Siege of Malacca)は、アチェ王国スルタンアラーウッディーン・アル=カハール英語版によるポルトガル領マラッカ英語版への攻撃。

マラッカ包囲戦
Malacca 1630.jpg
ポルトガルの要塞とマラッカ市(1630年)
1568年
場所ポルトガル領マラッカ英語版、現マレーシアムラカ
結果 ポルトガルの勝利
衝突した勢力
Flag Portugal (1521).svg ポルトガル王国
ジョホール州の旗 ジョホール王国
アチェ王国の旗 アチェ王国
カリニャマット王国英語版
Naval Ensign of the Ottoman Empire (1453–1793).svg オスマン帝国
指揮官
Flag Portugal (1521).svg レオニス・ペレイラ アチェ王国の旗 アラーウッディーン・アル=カハール英語版
戦力
不明 1万5千人[1]
オスマン砲兵400人[1]
船300隻[1]
大砲200門[1]

背景編集

マラッカは1511年のアフォンソ・デ・アルブケルケによる征服以降、ポルトガルの拠点となっていた[2][3]

この攻撃はイスラム教諸国が同盟し、ポルトガルをマラッカやインドの海岸から追い出そうとしたことに起因する[4]

経過編集

マラッカから遠く西にあるオスマン帝国も砲兵の援軍をアチェに送ったが、キプロス侵攻とアデンの反乱鎮圧を同時進行で戦わなければならなかったため大規模な援軍は派遣できなかった[4]

アラーウッディーンの軍には1万5千の歩兵、オスマン商人、そしてガレー船の大艦隊が含まれていた[2][3][5][6][7]。マラッカ市はドン・レオニス・ペレイラおよび彼を支持したジョホール王国の援軍の奮戦により侵攻から守られた[2]。しかし、アチェ王国によるマラッカ攻撃はそれ以降も続き、1570年には早くも再び包囲された[2]

その後編集

このマラッカへの攻撃はポルトガル王国を弱体化させた。1570年代、モルッカのスルタンたちはポルトガル人を香料諸島から追い出した[4]

ポルトガル・ジョホール・アチェの3者はその後も和戦を繰り返したが、マラッカは1641年にオランダとジョホールが連合して同地を占領する(マラッカ包囲戦 (1641年)英語版)までポルトガルの支配下にありつづけた[8]

関連項目編集


脚注編集

  1. ^ a b c d Crusaders in the Far East Charles Truxillo p.66
  2. ^ a b c d "In 1568 Sultan Alaal-Din of Acheh assembled a huge fleet, with 15000 troops and Turkish mercenaries, and besieged Malacca. Aided by Johore, Dom Leonis Pereira drove off the siege, but Achinese attacks continued for many years." in Dictionary of Battles and Sieges by Tony Jaques [1] p.620
  3. ^ a b Of fortresses and galleys Pierre-Yves Mandrin
  4. ^ a b c By the sword and the cross Charles A. Truxillo p.59
  5. ^ Tony Jaques (1 January 2007). Dictionary of Battles and Sieges: F-O. Greenwood Publishing Group. pp. 620–. ISBN 978-0-313-33538-9. https://books.google.com/books?id=Dh6jydKXikoC&pg=PA620#v=onepage&q&f=false 
  6. ^ J. M. Barwise; Nicholas J. White (2002). A Traveller's History of Southeast Asia. Interlink Books. pp. 110–. ISBN 978-1-56656-439-7. https://books.google.com/books?id=fbWal41WkXkC&pg=PA110#v=onepage&q&f=false 
  7. ^ Merle Calvin Ricklefs (2001). A History of Modern Indonesia Since C. 1200. Stanford University Press. pp. 36–. ISBN 978-0-8047-4480-5. https://books.google.com/books?id=0GrWCmZoEBMC&pg=PA36#v=onepage&q&f=false 
  8. ^ Borschberg (2010) pp. 97-100.

参考文献編集

  • Borschberg, Peter (2010). “Ethnicity, language and culture in Melaka during the transition from Portuguese to Dutch rule”. Journal of the Malaysian Branch of the Royal Asiatic Society 83 (2): 93–117.