ミゲル・カローMiguel Caló, 1907年10月28日 - 1972年5月24日)は、タンゴの楽団代表、作曲家ピアニストとして活躍したアルゼンチンの音楽家。

ミゲル・カロー
生誕 1907年10月28日
出身地 アルゼンチンの旗 アルゼンチン ブエノスアイレス
死没 (1972-05-24) 1972年5月24日(64歳没)
アルゼンチンの旗 アルゼンチン ブエノスアイレス
ジャンル タンゴ
職業 指揮者バンドネオン奏者作曲家
担当楽器 バンドネオン
活動期間 1926年 - 1972年

生涯 編集

1907年に、ブエノスアイレスに生まれる。

1926年オスバルド・フレセド楽団で、本格的なバンドネオン奏者としての活動を始める。その後、フランシスコ・プラカニコ楽団で、活躍した後、1928年には、自分が代表をつとめる楽団を設立する。1934年より、レコード会社のオデオン(Odeón)と契約し、一世を風靡する。ミゲル・カロー楽団では、短期間、オラシオ・サルガンオスヴァルド・プグリエーセが、ピアニストを務めた。1941年以降には、ミゲル・カロー自身、楽団での指揮に専念している。

1972年5月24日に死去する。

主要作品 編集

  • ソイ・ミロンゲーロ Soy Milonguero
  • ドス・フラカソス Dos Fracasos
  • ケ・テ・インポルタ・ケ・テ・ジョレ Qué te importa que te llore

外部リンク 編集