ムスチスラフ・ダヴィドヴィチ (ノヴゴロド公)

ムスチスラフ・ダヴィドヴィチロシア語: Мстислав Давыдович、? - 1189年[1])はルーシの公(クニャージ)のうちの一人である。ノヴゴロド公:1184年 - 1187年[1]ヴィシゴロド公:1187年 - 1189年[1]聖名ボリス。

父はスモレンスク公ダヴィド。ノヴゴロド公、ヴィシゴロド公位に就いた。妻はポロヴェツ族のハン・トグリイの娘とする説がある[1][2]。子に関する詳細は不明である。

V.タチシチェフは、ポロツク公ボリス(ru)ヴィテプスク公ダヴィドの子とされる。)と同一人物であると論じており、その場合、1184年から1184年もしくは1186年にかけて、ポロツク公位に就いていたことになる。

出典編集

  1. ^ a b c d Войтович Л. 3.16. СМОЛЕНСЬКА ГІЛКА РЮРИКОВИЧА. СМОЛЕНСЬКА І ЯРОСЛАВСЬКА ДИНАСТІЇ // КНЯЗІВСЬКІ ДИНАСТІЇ СХІДНОЇ ЄВРОПИ
  2. ^ 中沢敦夫ら「『イパーチイ年代記』翻訳と注釈(8) ―『キエフ年代記集成』(1181~1195年)」富山大学人文学部紀要第68号、2018年。p197