メインメニューを開く

ユハン・グンナール・アンデショーン[1](Johan Gunnar Andersson[2], 1874年7月3日 - 1960年10月29日)はスウェーデン地質学者考古学者ウプサラ大学卒。中国名は安特生。

ユハン・グンナール・アンデショーン
JGAson.png
ユハン・グンナール・アンデショーン
生誕 1874年7月3日
死没 (1960-10-29) 1960年10月29日(86歳没)
職業 地質学者考古学者

経歴編集

第四紀研究の地質学者で1906年スウェーデン地質調査所所長に就任し1914年から1925年まで北京地質調査所に派遣され、中国に滞在。中国各地で調査し北京市周口店北京原人の骨と彩色土器を発見し功績を挙げた。1925年に帰国しストックホルム大学で講師になったが1937年に中国に行き中国西南部で調査をした。

著書編集

  • 中国遠古文化(原題:An Early Chinese Culture、1923年)
  • 黄土の子等(原題:Children of the Yellow Earth、1934年)
  • 中国人の先史時代研究(原題:Researches into the Prehistory of the Chinese、1943年)

脚注編集

  1. ^ 英語ではジョン・グナー・アンダーソンになる
  2. ^ 英語ではAndersonと綴り、アンデルソンと読む

関連項目編集