ルカ・ロンギ: Luca Longhi, 1507年1月14日-1580年8月12日)は、ルネサンス後期またはマニエリスム時代のイタリアの画家である。ラヴェンナとその近郊で活躍し、主に宗教画や肖像画を制作した。

ルカ・ロンギネ
Luca Longhi
Giulia Farnese by Luca Longhi1.jpg
ルカ・ロンギの1507年頃の肖像画
『貴婦人と一角獣』 サンタンジェロ城所蔵
生誕Luca Longhi
(1507-01-14) 1507年1月14日
ラヴェンナ
死没1580年8月12日(1580-08-12)(73歳)
ラヴェンナ
著名な実績油彩画フレスコ画
(宗教画、肖像画)
代表作『一角獣と貴婦人』
運動・動向マニエリスム

生涯編集

ルカ・ロンギの師が誰であったかは知られていない。彼はフォッソンブローネの司教ジョヴァンニ・グイディッチオーネ(Giovanni Guidiccione)、1578年に死去したウルビーノ枢機卿ジュリオ・デッラ・ローヴェレ英語版ロマーニャの教皇特使アレッサンドロ・スフォルツァ英語版ラヴェンナ大司教のクリストフォロ・ボンコンパーニ(Cristoforo Boncòmpagni)、1577年にローマで死去したジョヴァンニ・バティスタ・ロッシイタリア語版の肖像画を描いた。ルカ・ロンギの作品には『聖カタリナの神秘の結婚』(1529年)、『貴婦人と一角獣』、『羊飼いの礼拝』、『聖人セバスティアヌスと聖ロッコのいる聖母子』、『聖ウルシキヌスの殉教』(キャンバスに油彩)、『チェザーレ・ヘルコラーニ』が知られている。

彼は息子フランチェスコ・ロンギ(Francesco Longhi, 1544年-1618ne年)と娘バルバラ・ロンギ英語版(1552年-1638年)を画家として教育した。バルバラは自身とフランチェスコの肖像を取り入れた『カナの婚礼』(1580年)を含む、ルカ・ロンギの後の作品のいくつかを協力して制作した。彼とバルバラはともにジョルジョ・ヴァザーリによって言及された。彼は息子フランチェスコとともに、ラヴェンナのカマルドリ会英語版の修道院の食堂と教会のオルガンの扉のために『カナの婚礼』を描いた。絵画にはバルバラ、フランチェスコ、修道院長のドン・ピエトロ・バニョーロ・ダ・バニャカヴァッロ(Don Pietro Bagnolo da Bagnacavallo)が描かれている。彼はボローニャのクアランタ・アルドロヴァンディ(Quaranta Aldrovandi)のためにヴィーナスを描いた。騎士のポンポニオ・スプレティ(Pomponio Spreti)は『聖母子』、そしてスフォルツァ枢機卿に寄贈した『聖ヨハネ』など、多くの作品を所有していた。またチェルヴィア大聖堂英語版のために『キリストの昇天』を描いた。

1580年、パリからイタリア全土に広がったカタル性の病気でラヴェンナで死去し、フェラーラサン・ドメニコ教会イタリア語版に埋葬された[1]

脚注編集

  1. ^ Scritti Editi e Postumi di Pietro Giordani; Vincenzo Carrari in morte di Luca Longhi in Ravenna per Francesco Tebaldini 1581; page 265-266.

参考文献編集