ルーシェの定理

ルーシェの定理 (仏: Théorème de Rouché、英: Rouché's theorem)は、フランスの数学者であるEugène Rouché (1832年-1920年) が1862年に発表した複素解析における定理であり、留数定理および偏角の原理と密接な関係がある。

定理の主張は、直観的にはやや意味がわかりにくいが、応用面ではかなり強力なツールであり、代数学の基本定理の証明もかなり簡単にできてしまう(後述)。

定理

$D\$ を複素平面（ガウス平面）のある単連結な開集合（領域）、 $\partial D$ をその境界（ただし、連続曲線であるなど、十分に良い性質を持つものとする）、 $K\$ を $D\$ の閉包（= $D+\partial D\$ ）とし、 $f(z)\$ および $g(z)\$ を $K\$ 上で定数でない正則な複素関数で、 $\partial D\$ 上で、 $|f(z)|>|g(z)|\$ を満たすとすれば、 $D\$ 内での $f(z)+g(z)\$ と $f(z)\$ の零点の個数（ただし位数nの零点はn個として数える）は一致する。

証明

$\partial D$ 上では、 $|f(z)|>|g(z)|$ という条件から、 $|f(z)|>0$ であり、

\log(f(z)+g(z))=\log f(z)+\log(1+g(z)/f(z))

と書くことができる。 $f(z)$ および $g(z)$ は $D$ で極を持たないので偏角の原理から $f(z)+g(z)$ の $D$ 内における零点の個数をnとすれば、

{\begin{aligned}n&={\frac {1}{2\pi i}}\oint _{\partial D}{\frac {d\log(f(z)+g(z))}{dz}}dz\\&={\frac {1}{2\pi i}}\left[\oint _{\partial D}{\frac {d\log f(z)}{dz}}dz+\oint _{\partial D}{\frac {d\log(1+g(z)/f(z))}{dz}}dz\right]\end{aligned}}

である。

ここで $\omega \colon K\to \mathbb {C}$ を、 $\omega (z)=1+g(z)/f(z)$ で定義する。前述のように $\partial D$ 上では $|f(z)|>0$ であり、 $f(z)$ および $g(z)$ は $K$ 上で正則であるから、 $\omega (z)$ は $\partial D$ 上で正則である。従って $\omega (z)$ による $\partial D$ の像を $C$ とすれば、 $C$ も (連続曲線であるなど) 十分に良い性質を持った曲線である。

上の式の右辺第2項の積分を考えれば、

\oint _{\partial D}{\frac {d\log(1+g(z)/f(z))}{dz}}dz=\oint _{\partial D}{\frac {d\log \omega }{d\omega }}{\frac {d\omega }{dz}}dz=\oint _{C}{\frac {d\log \omega }{d\omega }}d\omega

である。結局この式の値は $\log \omega$ を $C$ 上のある点を始点として $C$ に沿って一周した場合の増分になるが、 $\partial D$ 上では $|f(z)|>|g(z)|$ という条件から $C$ 上では $\operatorname {Re} \omega$ は正であり、 $C$ は $\log \omega$ の分岐点である $\omega =0$ を一周しないので、その値は 0 である。従って、

n={\frac {1}{2\pi i}}\oint _{\partial D}{\frac {d\log(f(z)+g(z))}{dz}}dz={\frac {1}{2\pi i}}\oint _{\partial D}{\frac {d\log f(z)}{dz}}dz

が成り立ち、定理の主張のとおりとなる。

応用例

代数学の基本定理の証明

f(z)=z^{n}+a_{n-1}z^{n-1}+\cdots +a_{1}z+a_{0}

を最高次数の係数が 1 の任意の n 次複素数係数多項式とした場合、 $f(z)\$ が複素平面上で n 個の零点を持つことを証明する。

$R\$ を正の実数とし、 $D=\{z\mid |z|<R\}\$ と置く。また、

g(z)=a_{n-1}z^{n-1}+\cdots +a_{1}z+a_{0}\

h(z)=z^{n}\

と置く。 $R\$ を十分大きく取れば $\partial D\$ 上で $|h(z)|>|g(z)|\$ が成立するので、 $D\$ 内における $h(z)\$ と $h(z)+g(z)\$ (= $f(z)\$ ) の零点の個数は一致し、 $h(z)\$ の形から明らかなように、その値は n となる。