上大人(シャンタージェン、じょうたいじん)は、伝統的な中国の教育において、子供が最初に字を習うときに使用する文句である。魯迅の『孔乙己』に出てくるために有名である。

概要

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全文は以下の25字である。古い文献では「孔乙己」を「丘乙己」に作り、最後の「也」はないこともある。

上大人、孔乙己、化三千、七十士、爾小生、八九子、佳作仁、可知礼也。

最後を除いて『三字経』と同様に3字1句で、偶数句末で韻を踏んでいる。

紙の下に朱で書いた「上大人」の手本を置いて、それをなぞり書きすることが行われた。これを「描紅紙」と言った。

「上大人」がいつ誰によって作られたものかはわかっていない。字画の少ない字を選んでいるが、文章の意味ははっきりしない。おおむね「偉大な孔子は自分ひとりで三千の弟子を作った。そのうち優れた者が七十人あった。初学者のおまえたち八九子(?)よ、よく仁をなし、礼を知るべきである」という意味であろう。

の書家である祝允明は「上大人」を孔子がその父にあてた手紙と考え、文章を

上大人。丘。乙己化三千七十士爾。小生八九子佳、作仁、可知礼也。

と区切り直した上で「父上(=大人)にもうしあげます。丘(孔子の名)はひとりで三千七十の弟子を作りました。弟子のうち七十二(=八×九)のものが優れており、仁をよくなし、礼を知るものどもです」と解釈した[1][2]。しかし文が三字ごとに切れることは明白であり、この説はこじつけであろう。

敦煌文献には児童の習字が多く残されており、その中のいくつかには「上大人」の原型と見られる文が記されている。咸通十年(869)・開宝九年(976)などの書写年を持つものがある。

上大夫、丘乙己、化三千、七十二、女小生、八九子、牛羊万…… (P3145)
上大夫、丘乙己、化三千、七十士、二小生、八九子、可知其礼也 (P4900)

これらによれば、初期のものは「上大夫」ではじまり、「佳作仁」はあとから追加されたもののようである。

脚注

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  1. ^ 祝允明『猥談』(『説郛続』巻46所収)の「上父書」
  2. ^ 大漢和辞典』の「上大人」の項はこの解釈によって返り点をつけている