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中央陸軍訓練処(ちゅうおうりくぐんくんれんしょ)は、1932年に奉天市で創設された満州国軍の幹部養成所である。のちに開校した4年制の満州国陸軍軍官学校と違い2年制であった。奉天軍官学校とも呼ばれている。

目次

概要編集

1932年8月、第一回軍政部顧問会議で満州国軍の幹部養成機関の設置が議決された[1]。奉天城外の魁畬佯跡に「陸軍訓練処壽備処」を置いて開設に伴う準備を進めたが、小東辺門外の旧東北陸軍病院跡に移り、中央陸軍訓練処に改称した[1]。歩兵、騎兵、砲兵、輜重の4科があり、既成軍官の補習教育と候補軍官の養成教育に分けられていた[2]。前者は主に上校以下の軍官で、後者は中等学校卒業生が対象であった[2]

1939年3月、陸軍軍官学校令により陸軍軍官学校が創設されたために中止となったが、やがて陸軍訓練学校として再出発した[3]

処長編集

編制編集

  • 処長
    • 本部
      • 庶務課
      • 会計課
      • 医務課
      • 獣務課
    • 教育部
      • 教官
      • 研究部員
      • 軍官候補者隊
    • 歩兵訓練部
      • 教官
      • 歩兵科軍官候補者隊
      • 歩兵教導隊
        • 本部
        • 2個連
        • 機関銃連
    • 騎兵訓練部
      • 教官
      • 騎兵科軍官候補者隊
      • 騎兵教導隊
        • 本部
        • 2個連
    • 砲兵訓練部
      • 教官
      • 砲兵科軍官候補者隊
      • 砲兵教導隊
    • 経理養成部(1932年9月1日開設)
    • 通信養成部(1933年9月開設)
    • 憲兵養成部(1933年11月開設、1934年7月憲兵訓練処に移転)

卒業生編集

3期

金正晧朝鮮語版

4期(1935年卒業)

金應祚李圭東朝鮮語版姜在浩朝鮮語版

5期(1937年9月卒業)

宋錫夏丁一権金錫範金白一申鉉俊金一煥、尹春根、文容彩、石希峰

6期(1939年卒業)

楊国鎮

7期

崔楠根、朴春植朝鮮語版

8期

石主岩

9期(1941年12月卒業)

白善燁

出典編集

参考文献編集

  • 袁偉,張卓 主編 (2001). 中国軍校発展史. 国防大学出版社. ISBN 7-5626-1089-4. 
  • 満州国軍刊行委員会 編『満州國軍』蘭星会、1970年。