久勢女王
時代 奈良時代
生誕 不詳
薨去 不詳[1]
父母 不詳だが文武天皇の娘とする説が存在する[2]
斎宮 霊亀3年(718年)以前 - 養老5年(721年)以降
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久勢女王(くせじょおう、くせのじょうおう)は、元正天皇時代の伊勢斎宮。父母は不明だが、文武天皇の皇女であり、藤原氏に排斥されたとする説が存在する[3]

経歴編集

霊亀3年(718年)に伊勢神宮に赴く。その時に、初めて斎宮寮(さいぐうりょう)の印が定められ、公文書に捺されることになった。 養老5年(721年)まで在任した[4]

同一人物かどうかは不明だが、天平19年(747年)正月、久勢王という皇族が池上女王とともに、無位から従五位下に昇叙されている[5]

脚注編集

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  1. ^ 養老5年(721年)以降。
  2. ^ 山中智恵子『斎宮志 伝承の斎王から伊勢物語の斎宮まで』(大和書房、1986年)
  3. ^ 山中智恵子『斎宮志 伝承の斎王から伊勢物語の斎宮まで』(大和書房、1986年)
  4. ^ 山中智恵子『斎宮志―伝承の斎王から伊勢物語の斎宮まで』(大和書房、1986年)
  5. ^ 『続日本紀』天平19年正月20日条

参考文献編集

  • 山中智恵子『 斎宮志―伝承の斎王から伊勢物語の斎宮まで』(大和書房、1986年6月) ISBN 978-4-47-983010-8
  • 山中智恵子『続斎宮志』(砂子屋書房、1992年) ISBN 978-4-79-049221-4
  • 『続日本紀2(新 日本古典文学大系13)』(岩波書店、1992年) ISBN 978-4002400136