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但漢章(フレッド・タン、1949年1月1日 - 1990年3月7日[1])は、台湾高雄市出身[1]映画監督脚本家、映画評論家である。台湾映画監督協会の創設者[2]

フレッド・タン
但漢章
生年月日 (1949-01-01) 1949年1月1日
没年月日 (1990-03-07) 1990年3月7日(41歳没)
出生地  台湾 高雄市
死没地  台湾 台北市石牌路、台北栄民総医院
職業 映画監督脚本家映画評論家
ジャンル 映画
活動期間 1985年 - 1990年
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経歴編集

国立台湾大学法律系に在学中から映画評論を発表し、卒業後に雑誌『影響』の編集者となる[1]。1975年にアメリカ合衆国へ移り住む[3]カリフォルニア大学ロサンゼルス校で美術学修士号を取得し、『中国時報』ハリウッド支局で映画批評を執筆する[3]。1978年、香港映画『空山霊雨』『山中傳奇』で胡金銓の助監督を務めた[1]。1985年、アメリカ合衆国の市民権を取得[2]。映画製作のために台湾へ戻り、1986年の『暗夜』以降、生涯で3本の長編作品を残す[3]。1990年3月7日、台北台北栄民総医院で死去した[1]

フィルモグラフィー編集

  • 暗夜 Dark Night(1986年)
  • 離魂 Split of the Spirit(1987年)
  • 怨女 Rouge of the North(1988年)

脚注編集

  1. ^ a b c d e 但漢章 財團法人國家電影中心 2018年7月11日閲覧。
  2. ^ a b Fred Tan, 35; Writer and Director of Films”. Los Angeles Times (1990年3月10日). 2014年11月2日閲覧。
  3. ^ a b c Fred Tan, 35, Is Dead; Made 3 Feature Films”. The New York Times (1990年3月10日). 2014年11月2日閲覧。

外部リンク編集