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全日本モーターサイクルクラブ連盟

全日本モーターサイクルクラブ連盟(ぜんにほんモーターサイクルクラブれんめい、: Motorcycle Club Federation of All Japan、略称: MCFAJ)はオートバイ競技の主催を主な活動とする団体である。

目次

概要編集

MCFAJは1958年に発足し、同年8月に第1回全日本クラブマンレースを主催(会場は浅間高原自動車テストコース)。これはアマチュア選手(クラブマン)を主体にした全国レベルのレースという意味で、日本初だったと言われている。またいわゆる浅間火山レースとは一線を画す内容だと言われている。[1]

以後、MCFAJは日本で行われるアマチュア(クラブマン)によるオートバイレースの主催を行っている[2]

2輪雑誌『モーターサイクリスト』の発行元だったモーターサイクル出版社(現・八重洲出版)が創立に深く関わっており、当時同社社長だった酒井文人が初代理事長を務めた[3]

MCFAJと並立する形で、国際モーターサイクリズム連盟(FIM)の下部組織である日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)が存在する(MFJの発足はMCFAJの3年後の1961年)。MFJを正統とする見方も存在する一方、メーカーや監督官庁ではなくレース出場者(および引退した出場者や関係者)が運営の主体である点で、MCFAJこそ正統という意見も存在する[4]

MCFAJとMFJの両方で活動していた選手も数多く存在する。MCFAJが主催していたサイドカーレースの出身者のうち、熊野正人ロードレース世界選手権(WGP)に参戦していた[5]

参考文献編集

脚注編集

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  1. ^ 浅間火山レースはメーカーの対抗戦なのに対し、全日本クラブマンレースはアマチュアライダーの対抗戦。八重洲出版別冊モーターサイクリスト」 2003年10月号。「浅間から世界GPへの道」、八重洲出版。
  2. ^ 全日本モーターサイクル連盟の概要 (pdf)”. 2011年8月27日閲覧。
  3. ^ 「浅間からスズカまで」酒井文人著、八重洲出版、1990年。「浅間から世界GPへの道」、八重洲出版。
  4. ^ 『浅間から世界GPへの道』(p27)より。
  5. ^ 『Motocourse: 50 Years of Moto Grand Prix』(p198 - p204)より

関連項目編集

外部リンク編集