本来の表記は「圓淨」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

圓淨(えんじょう、文治5年(1189年) - 建長8年4月19日1256年5月15日))は平安時代後期から鎌倉時代中期にかけての天台宗近衛基通の子。円満院僧正と称された。

恒恵のもとで受戒し、円満院に入る。建仁2年(1202年)5月17日に権少僧都から権大僧都に昇進[1]。その後権僧正に進み、安貞2年(1228年)11月、後堀河天皇護持僧となる[2]貞永元年(1232年)10月2日、僧正に任ぜられ、園城寺長吏となる。嘉禎2年(1236年)10月7日には四条天皇の護持僧に補され[3]寛元5年(1247年平等院執印となった。建長8年(1256年)4月19日、68歳で入寂。

脚注編集

参考文献編集

  • 上田正昭他『日本人名大辞典』講談社、2001年