原 昌弘(はら まさひろ、天文23年(1554年[1] - 元亀3年(1572年)12月23日[2])は、戦国時代武将甲斐武田氏家臣。宗一郎[3]。兄弟に原昌栄がいる。

武田信玄の重臣で陣馬奉行であった原昌胤(隼人佑)の次男として生まれる[4]。『南行雑録』によれば、元亀3年(1572年)の三方ヶ原の戦いにおいて戦死する[5]

『南行雑録』によれば、天正元年(1573年)9月7日には父の昌胤が高野山成慶院に日牌供養を行っている[6]。『武田御日坏帳二番』によれば法名は「春院宗華禅定門」[7]

脚注編集

  1. ^ 丸島(2015)、p.579
  2. ^ 丸島(2015)、p.579
  3. ^ 丸島(2015)、p.579
  4. ^ 丸島(2015)、p.579
  5. ^ 丸島(2015)、p.579
  6. ^ 丸島(2015)、p.579
  7. ^ 丸島(2015)、p.579

参考文献編集

  • 丸島和洋「原昌弘」柴辻俊六・平山優・黒田基樹・丸島和洋編『武田氏家臣団人名辞典』東京堂出版、2015年

関連項目編集