塩化ラジウム223

ラジウムの同位体

塩化ラジウム223(えんかラジウム223、Radium-223 chloride)は、前立腺癌の骨転移巣に対する治療薬である[1]。商品名ゾーフィゴ。日本では2016年3月に承認された、初めての「α線を用いた癌治療薬」である[2]。1バイアル(5.6mL)中にラジウム223(223Ra)を6,160kBq(検定時点)含有する。投与量は1回当り55kBq/kg(体重)である。

IUPAC命名法による物質名
臨床データ
販売名 Xofigo
Drugs.com entry
胎児危険度分類
  • US: X
法的規制
  • US: -only
  • (experimental in most countries)
投与方法 injection
識別
CAS番号
444811-40-9 ×
ATCコード V10XX03 (WHO)
ChemSpider none チェック
UNII RJ00KV3VTG チェック
KEGG D10398
ChEBI CHEBI:74895
化学的データ
化学式223RaCl2
分子量296.91 g/mol
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ノルウェーの製薬会社アルジェタ英語版バイエルにより開発された。

概要編集

効能・効果として、「骨転移のある去勢抵抗性前立腺癌」について承認されている。内臓転移がある場合あるいは外科的または内科的去勢術と併用しない場合の有効性および安全性は確立していない[3]

2013年に欧州と米国で、2016年に日本で承認され、米国での2014年度の販売額は2億ドル(当時で約250億円)を超え、市場規模が大きくない放射性薬剤としては、初のブロックバスター薬剤(まったく新しい市場の開拓と莫大な売り上げで、開発費を上回る利益を生み出す画期的新薬)となった[4]

副作用編集

重大な副作用として骨髄抑制が挙げられており、その発現率は、好中球減少(3.9%)、血小板減少(7.4%)、貧血(19.3%)、白血球減少(3.2%)、リンパ球減少(2.0%)、汎血球減少(1.7%)である。

そのほか、第III相臨床試験で見られた副作用(計64.3%)は、悪心(20.8%)、下痢(16.7%)、骨痛(15.8%)、疲労(12.2%)等であった[3][5]

作用機序編集

生体内ではラジウムの挙動はカルシウムに似ており、そのほとんどが骨(の腫瘍[注 1])組織に分布する[6]:3[7]:29223Raは半減期11.43日でラドン219(219Rn)に、219Rnは半減期3.96秒でポロニウム215(215Po)にそれぞれ壊変(α崩壊)し、主経路では4つのα崩壊と2つのβ崩壊を経て最終的に207(207Pb)となる。崩壊エネルギーの95%以上がα線として放出される[8]。α線の飛行距離は大変短く、細胞2個〜10個分しか飛ばないので、β線を放出するストロンチウム89(89Sr)に較べて周囲の細胞への影響は少ない[9]。骨への分布選択性とα線の飛行距離から、標的骨形成細胞への放射線照射量は非標的部位の少なくとも8倍以上となる[10]

投与後のラジウム223の主要排泄経路は糞中排泄で、胆汁中へは分泌されない[3][11]

臨床試験編集

骨転移のある去勢抵抗性前立腺癌: castration-resistant prostate cancer, CRPC)に対する223Ra治療は、第II相臨床試験では骨髄抑制が最小限で治療の忍容性は良好であった[12]

また第III相臨床試験(ALSYMPCA試験)では922名の骨転移性CRPC患者が登録され、223Raが全生存期間英語版を延長させることが示された[13]

ALSYMPCA試験は中間解析で予め定められた有効性を達成[注 2]し、独立データモニタリング委員会から試験の終了を提案された。全生存期間は実薬(223Ra)群が14.0ヶ月、偽薬群が11.2ヶ月であり、そのハザード比は0.699で、p=0.0022と高度な有意差がついた[13]

承認編集

2013年、米国で、骨転移英語版があり骨以外の内臓への転移がない去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)の治療に対する販売承認が認可された。認可は第III相臨床試験で生存期間が延長された事に基いてアンメット・メディカル・ニーズを満たす治療薬として裁定された[14]

同試験に基づいて、欧州では2013年9月に承認された[15]

日本では同試験ならびに国内での有効性・安全性確認試験の結果を以って、2016年3月に承認された[16]

223Raはまた内分泌療法英語版に不応となった乳癌の治療薬として、第IIa相臨床試験が実施されている[17]223Raが骨転移性乳癌のマーカーである骨アルカリホスファターゼ(bALP)と尿中N-テロペプチド英語版(uNTX、I型コラーゲン分解産物)を低下させるというデータが出ている[要出典]

起源と調製編集

塩化ラジウム223
概要
名称、記号 ラジウム223,223Ra
中性子 135
陽子 88
核種情報
半減期 11.43 ± 0.05 日
同位体質量 223.0185022(27) u

ラジウム223Ra-223223Ra)はラジウム同位体の一つである。半減期は11.4日であり、マリ・キュリーが発見したラジウム226(226Ra)の1601年と較べて非常に短い。

自然界にはウラン235の崩壊系列に痕跡量存在する。通常は人工的に226Raに中性子を当てて作製される[18]226Raに中性子を当てると227Raを生じ、半減期42分でアクチニウム227(227Ac)に変化する。227Acは半減期21.8年でトリウム227(227Th)となり、227Thは半減期18.7日で223Raとなる。この崩壊系列は、227Acから223Raをミルキングするのに適している[18]

投与予定日の朝に納品となる[19]。患者の体重(kg)、用量(55 kBq/kg 体重)、検定日の放射能濃度(1,100 kBq/mL)、検定日からの経過日数に応じた減衰係数(減衰表参照、f)を用いて、次の式を用いて投与量(mL)を算出する[19]。投与量早見表もある[20]。約1分間かけてゆっくりと投与する[19]

 

その他のラジウム223化合物編集

ラジウムは安定な化合物を形成しないので[21]、ある種の癌に対しては、モノクローナル抗体を表面に結合させたリポソームに封入して223Raを注射する方法が試みられている[22]

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 骨代謝が活発な部位
  2. ^ 充分に大きな差がついたので、これ以上試験を続けると偽薬群の患者に不利益が生じる。

出典編集

  1. ^ "Preparation and use of radium-223 to target calcified tissues for pain palliation, bone cancer therapy, and bone surface conditioning" US 6635234 http://patft.uspto.gov/netacgi/nph-Parser?Sect1=PTO2&Sect2=HITOFF&p=1&u=%2Fnetahtml%2FPTO%2Fsearch-bool.html&r=1&f=G&l=50&co1=AND&d=PTXT&s1=Radium-223.TI.&s2=%22skeletal+metastases%22&OS=TTL/Radium-223+AND+
  2. ^ 前立腺がん骨転移治療に進展、塩化ラジウム223「ゾーフィゴ」が前立腺がんの承認取得”. CareNet (2016年4月4日). 2016年6月22日閲覧。
  3. ^ a b c ゾーフィゴ静注 添付文書(第3版)” (2018年10月). 2020年8月6日閲覧。
  4. ^ 骨転移前立腺がんに効果が高い新たなRI内用療法 ― 正常組織への影響が少ない初のα線実用化治療に期待”. がん治療新時代WEB (2018年8月15日). 2020年8月6日閲覧。
  5. ^ FDA approves new drug for advanced prostate cancer”. US FDA. 2013年5月15日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年6月22日閲覧。
  6. ^ 塩化ラジウム(Ra-223)注射液を用いた内用療法の治験適正使用マニュアル (PDF)”. 日本核医学会 (2013年10月10日). 2016年6月22日閲覧。
  7. ^ ゾーフィゴ静注 インタビューフォーム (第5版) (PDF)” (2018年10月). 2020年8月6日閲覧。
  8. ^ Bruland, O. S.; Nilsson, S.; Fisher, D. R.; Larsen, R. H. (2006). “High-Linear Energy Transfer Irradiation Targeted to Skeletal Metastases by the α-Emitter 223Ra: Adjuvant or Alternative to Conventional Modalities?”. Clinical Cancer Research 12 (20): 6250s–6257s. doi:10.1158/1078-0432.CCR-06-0841. PMID 17062709. 
  9. ^ Henriksen, Gjermund; Fisher, Darrell R.; Roeske, John C.; Bruland, Øyvind S.; Larsen, Roy H. (2003). “Targeting of Osseous Sites with α-Emitting 223Ra: Comparison with the β-Emitter 89Sr in Mice”. Journal of Nuclear Medicine 44 (2): 252–9. PMID 12571218. http://jnm.snmjournals.org/cgi/pmidlookup?view=long&pmid=12571218. 
  10. ^ FDA Access Data on Xofigo (Radium-223 dichloride) (PDF)” (2013年5月). 2016年6月22日閲覧。
  11. ^ Nilsson, S.; Larsen, R. H.; Fosså, S. D.; Balteskard, L; Borch, K. W.; Westlin, J. E.; Salberg, G; Bruland, O. S. (2005). “First Clinical Experience with -Emitting Radium-223 in the Treatment of Skeletal Metastases”. Clinical Cancer Research 11 (12): 4451–9. doi:10.1158/1078-0432.CCR-04-2244. PMID 15958630. 
  12. ^ Nilsson, Sten; Franzén, Lars; Parker, Christopher; Tyrrell, Christopher; Blom, René; Tennvall, Jan; Lennernäs, Bo; Petersson, Ulf et al. (2007). “Bone-targeted radium-223 in symptomatic, hormone-refractory prostate cancer: A randomised, multicentre, placebo-controlled phase II study”. The Lancet Oncology 8 (7): 587–94. doi:10.1016/S1470-2045(07)70147-X. PMID 17544845. 
  13. ^ a b Full data report from the ALSYMPCA trial of radium-223 presented
  14. ^ FDA Approves Xofigo for Advanced Prostate Cancer”. American Cancer Society (2013年5月15日). 2016年7月21日閲覧。
  15. ^ http://www.ema.europa.eu/ema/index.jsp?curl=pages/medicines/human/medicines/002653/human_med_001692.jsp&mid=WC0b01ac058001d124
  16. ^ バイエル薬品「ゾーフィゴ静注」前立腺癌の治療薬として製造販売承認を取得 (PDF)”. バイエル薬品 (2016年3月28日). 2016年6月22日閲覧。
  17. ^ 主要開発品一覧”. バイエル薬品. 2016年6月22日閲覧。
  18. ^ a b Bruland OS, Larsen RH. Radium revisited. In: Bruland OS, Flgstad T, editors. Targeted cancer therapies: an odyssey. University Library of Tromso, Ravnetrykk No. 29. ISBN 82-91378-32-0 (2003); p 195-202 [1]
  19. ^ a b c ゾーフィゴ適性使用ガイド (PDF) バイエル薬品
  20. ^ ゾーフィゴ静注 投与日・体重別 投与量早見表 (PDF)
  21. ^ Henriksen, G; Hoff, P; Larsen, R. H. (2002). “Evaluation of potential chelating agents for radium”. Applied Radiation and Isotopes 56 (5): 667–71. doi:10.1016/s0969-8043(01)00282-2. PMID 11993940. 
  22. ^ Henriksen, Gjermund; Schoultz, B.W.; Michaelsen, T.E.; Bruland, Ø.S.; Larsen, R.H. (2004). “Sterically stabilized liposomes as a carrier for α-emitting radium and actinium radionuclides”. Nuclear Medicine and Biology 31 (4): 441–9. doi:10.1016/j.nucmedbio.2003.11.004. PMID 15093814. 

関連項目編集

外部リンク編集