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大光院(だいこういん)は群馬県太田市金山町にある浄土宗寺院である。山号は義重山。詳名は義重山大光院新田寺。通称「子育て呑龍(こそだてどんりゅう)」もしくは「呑龍様(どんりゅうさま)」。東上州三十三観音特別札所、群馬七福神弁財天

大光院
Daikoin temple ota gunma.jpg
所在地 群馬県太田市金山町37-8
位置 北緯36度18分20.6秒
東経139度22分11秒
座標: 北緯36度18分20.6秒 東経139度22分11秒
山号 義重山
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 慶長18年(1613年)建立
開基 徳川家康呑龍
別称 呑龍様
文化財 大光院吉祥門(市文化財)
法人番号 4070005006107 ウィキデータを編集
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吉祥門

中島飛行機で開発された百式重爆撃機という航空機の愛称「呑龍」は同寺院の通称から名づけられたものである。

歴史編集

慶長18年(1613年)、徳川家康が先祖とする新田義重を祀るために呑龍を招聘して創建。境内裏には、新田義重や呑龍の墓がある。義重は九条兼実に従い法然上人に帰依した。建久6年(1195年)3月に寺尾城内に大光院を建立した[1]。時を経て、家康は観智国師土井利勝成瀬正成に遺跡を探させ、墓石と礎石などをここに移した。

子育て呑龍編集

呑龍は当時、多くの子どもが間引かれて殺されていたことを悲しみ、これらの子どもを弟子として引き取って育てたため、後世の人々から子育て呑龍と慕われた。

逸話編集

大光院正面の大手門は徳川家康の大坂城落城の日当日に落成したため、吉祥門と名づけられたという。

行事編集

11月 - 関東大菊花大会

交通アクセス編集

周辺編集

周囲には、1932年に植樹した並木の名所八瀬川をはじめ、東山球場(昭和初期)・現在は廃止したが動物園大正)・太古庵(1938年開館の博物館)などがあり谷崎潤一郎的世界を形成している。

脚注編集

  1. ^ 寺尾の所在は太田市寺井説と高崎市説がある。『新田庄寺尾城について』(1983年)によると高崎市だけでなく太田の寺井に寺尾村は実在した。

外部リンク編集