安倍小殿 小鎌(あべのおて の おかま、生没年不詳)は、飛鳥時代官人冠位大山上

経歴 編集

孝徳朝(在位645年-654年)において、朱砂を採取するために伊予国に派遣される。伊予国で秦氏(秦首)の娘を娶り、伊予麻呂を儲けたが、伊予麻呂は母方の氏姓である秦首姓を継いだ。なお、小鎌の冠位大山上であった。

称徳朝天平神護2年(766年)伊予麻呂の子孫である秦浄足ら11名が父系の氏姓である阿陪小殿朝臣姓への改姓を求め、許されている[1]

脚注 編集

  1. ^ 『続日本紀』天平神護元年3月3日条

参考文献 編集

関連項目 編集