メインメニューを開く

寂光寺

京都府京都市左京区にある、顕本法華宗の本山

寂光寺(じゃっこうじ)は、京都府京都市左京区にある、顕本法華宗本山。山号は妙泉山。宏師寮法縁。

寂光寺
寂光寺3956.JPG
仁王門通東大路西入南側
所在地 京都府京都市左京区仁王門通東大路西入ル北門前町469
位置 北緯35度0分40.6秒
東経135度46分39.7秒
山号 妙泉山
宗派 顕本法華宗
寺格 本山
本尊 三宝尊
創建年 1578年(天正6年)
開山 日淵
札所等 洛中法華21ヶ寺
法人番号 7130005002311
テンプレートを表示
第一世本因坊算砂旧跡、京都市左京区仁王門通東大路西入南側寂光寺前

日淵は室町近衛に久遠院を建立し、その後、京極二条に移し[1]、空中山寂光寺と称した。日淵は安土宗論に参加するが、敗者とされた。その後、日淵は弟子の教育に力を注ぎ、名僧・日海を輩出し法華宗の発展に大きく寄与することとなった。日海は塔頭の本因坊に住み、後に本因坊算砂と号した。当時、碁技に優れ、敵手無く、織田信長から名人と称揚された。以降、本因坊の名称は碁界家元の地位をもち、襲名継承される様になった。なお、本因坊道策の時に寂光寺から江戸に移った。近年、妙泉山寂光寺と改称した。

歴史編集

  • 1578年(天正6年)日淵は室町近衛に久遠院を建立する。
  • 1579年(天正7年)安土宗論に久遠院から日淵が臨む。
  • 1590年(天正18年)豊臣秀吉の命により、京極二条に移転する。
  • 1591年(天正19年)妙泉寺の寺内に移転合併し、空中山寂光寺と改称する。
  • 1708年(宝永5年)宝永の大火により焼失する。
  • 1708年(宝永5年)現在の地に移転し、再建する。

寺宝編集

  • 法華経八巻
  • 竹雁図
  • 四季図屏風
  • 初代算砂日海上人肖像画
  • 囲碁狂歌
  • 近衛関白公拝領碁盤
  • 碁器

その他編集

脚注編集

外部リンク編集

  ウィキメディア・コモンズには、寂光寺に関するカテゴリがあります。