小代焼の徳利。17世紀末から18世紀初頭

小代焼(しょうだいやき)は熊本県荒尾市南関町熊本市など県北部で焼かれる陶器小岱焼とも表記し、いずれも正しい。寛永9年に豊前から転封された細川忠利が陶工の牝小路家初代源七、葛城家初代八左衛門を従え、藩主の命によって焼き物を焼かせたのが始まり。粗めの陶土に、茶褐色の鉄釉で覆い、その上に藁や笹の灰から採った白釉や黄色釉を、スポイトや柄杓を使って流し掛けする、大胆かつ奔放な風合いの食器で知られる。

明治維新後は有田瀬戸といった磁器産地に押され廃窯となってしまったが、昭和になって近重治太郎、城島平次郎らの努力によって復興を遂げ、戦後は小岱山麓にいくつもの窯が築かれるようになる。2003年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定された。

様々な呼び名編集

小代焼は小岱焼とも呼ばれる。歴史的な呼び名は前者であるが、中興の祖の一人でもある城島氏が、荒尾の象徴でもある小岱山の「岱」の字を「代」から置き換えたため、今日では二通りの表記が通用する。

また、小代焼は五徳焼とも言われる。これは小代焼は腐らない、臭いが移らない、湿気を防ぐ、毒消しの効果がある、延命長寿につながると五つの利点が見られたことに因み、装飾性と実用性を兼ね揃えた生活什器であったことを窺わせる。

外部リンク編集