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神義論(しんぎろん、英:Theodicy, 独:Theodizee)は、1646年に生れたドイツの哲学者かつ数学者であるゴットフリート・ライプニッツ造語した弁神論という訳語もある。ライプニッツはキリスト教の立場から、善なるとこの世のについての考察を1710年刊の著書『弁神論』Essai de théodicée sur la bonté de Dieu,la liberté de l'homme et l'origine du mal(神の善性、人間の自由、悪の起源に関する弁神試論)で論じた。全知全能の神が、なぜ、悪という存在を許容するのかという問題である。

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語源編集

theodicyという単語はギリシャ語のΘεόςΤheosとδίκηdikēに由来するtheosは「神」という意味であり、 dikēは「裁判」とか「正義」という意味である。したがって、神義論は文字通り「神を正当化する」という意味になる。

定義編集

Alvin Plantingaによって定義されているように、神義論は「神がなぜ悪を許容しているのかという問いに対する答え」になる。全能全能の神の存在と悪の問題は矛盾しているように思われるが、この問題に対処することを通じて神を立証することを試みる神学的な構成として定義される。神義論 のもう一つの定義は、悪の存在を考慮した神の善と摂理の正当性の証明です。

脚注編集

関連項目編集