戸島村

日本の愛媛県北宇和郡にあった村

戸島村(とじまむら)は、1958年(昭和33年)まで愛媛県南予地方北宇和郡にあったである。

とじまむら
戸島村
廃止日 1958年4月1日
廃止理由 新設合併
戸島村下波村蔣淵村遊子村日振島村宇和海村
現在の自治体 宇和島市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
都道府県 愛媛県
北宇和郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 2,603
(1955年)
戸島村役場
所在地 愛媛県北宇和郡戸島村
座標 北緯33度11分53秒 東経132度21分32秒 / 北緯33.198度 東経132.35889度 / 33.198; 132.35889座標: 北緯33度11分53秒 東経132度21分32秒 / 北緯33.198度 東経132.35889度 / 33.198; 132.35889
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宇和海に浮かぶ戸島嘉島ほかからなる漁村である。宇和海村の成立によって自治体としては消滅し、宇和島市へ編入され,現在に至っている。

詳細は、戸島嘉島の記事も参照のこと。

地理 編集

宇和島市西部の宇和海、蔣淵半島(三浦半島)の西北海上に浮かぶ戸島、嘉島ほかからなる島嶼群(有人島は2島のみ)。蔣淵半島との間には「ふぶしの瀬戸」がある。宇和島港から海路で約18キロ(戸島本浦)。

  • 戸島、嘉島 以上2島が有人島。
  • 遠戸島、小島、大小島 以上、無人島。
村名の由来
藩政期の始め頃から戸島浦と呼ばれていた。古くは「渡島」と書かれていたが、戸数の増加に伴い、「戸島」となったとされる。

歴史 編集

藩政期

  • 宇和島藩に属す。本浦、小内浦、嘉島(鹿島とも書いた)の3つの浦があった。

明治以降

  • 1889年(明治22年)12月15日 - 町村制施行時に、戸島浦一村(浦)がそのまま戸島村となった。
  • 1949年(昭和24年) - 戸島にてドブネズミ被害発生、宇和島市沖合いの島々と沿岸地域を襲った「ねずみ騒動」の発端。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 : 昭和の大合併に従い、下波村蔣淵村遊子村日振島村の5村が合併し、宇和海村を新設し、戸島村は自治体としては消滅。
戸島村の系譜
(町村制実施以前の村)(明治期)
           町村制施行時     昭和の合併          平成の合併
下波浦 ━━━━━ 下波村 ━━┓
蔣淵浦 ━━━━━ 蔣淵村 ━━┫ (昭和33年4月1日合併)
遊子浦 ━━━━━ 遊子村 ━━╋━━━━ 宇和海村 ━┓
戸島浦 ━━━━━ 戸島村 ━━┫           ┃
日振浦 ━━━━━ 日振島村 ━┛           ┃
                            ┃
                            ┃(昭和49年4月1日編入)
                      宇和島市━━┻━━━━━━━━┓
                      三間町━━━━━━━━━━━━╋━━宇和島市
                      吉田町━━━━━━━━━━━━┫(平成17年8月1日合併)
                      津島町━━━━━━━━━━━━┛

(注記)宇和島市、三間町、吉田町、津島町の平成の合併以前の系譜については、それぞれの記事を参照のこと。

関連項目 編集

外部リンク 編集