操 師乞(そう しこつ、生年不詳 - 616年)は、隋末の民衆叛乱の指導者。操天成とも書かれる。饒州鄱陽県の出身。

615年に挙兵して、隋に叛いた。616年、自ら元興王を号し、始興と建元して豫章郡に拠り、林士弘大将軍とした。隋将の劉子翊による討伐を受け、操師乞は射殺された。