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日乾像(能勢妙見山)

日乾(にっけん、永禄3年(1560年)- 寛永12年10月27日1635年12月6日))は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての日蓮宗若狭国の出身。字は孝順。寂照院と号した。

1569年(永禄12年)若狭国長源寺日欽に師事して出家、2年後の1571年元亀2年)京都本満寺日重に学んだ。1588年天正16年)師の日重から本満寺8世を継いだ。文禄年間頃は不受不施を主張していたが、慶長年間に入ると受不施の立場に変り、1602年(慶長7年)身延山久遠寺21世として入寺している。紀伊国紀州藩徳川頼宣の帰依を受け、頼宣の援助により駿河国蓮永寺を再興している。また、1627年(寛永4年)には、本阿弥光悦の招きにより洛北鷹峯常照寺を創建して檀林を開創した。

関連項目編集