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日澄(にっちょう、弘長1年(1261年) - 延慶3年3月14日1310年4月14日))は、鎌倉時代中期から後期にかけての日興門流の僧。

富木常忍の子、日頂の弟。寂仙房と号す。日興の弟子で新六の一人。六老僧の一人である日朗の弟子に九老僧の中の一人に大乗坊日澄がいるがこの人物とは別人。

略歴編集

  • 1261年弘長1年)、日澄、生る。
  • 1300年正安2年)、寂仙房日澄、日向と義絶し日興の門に帰す。
  • 1301年(正安3年)10月、日興本尊を書写し寂仙房日澄に授与。三位日順寂仙房日澄により得度。
  • 1302年乾元1年)12月28日、日興、寂仙房日澄を重須談所の学頭に補す。
  • 1306年徳治1年)4月23日、日興、本尊を書写し寂仙房日澄に授与す。
  • 1309年延慶2年)、日興の命により寂仙房日澄、『富士一跡門徒存知事』[注釈 1]を草す。
  • 1310年(延慶3年)3月14日、重須学頭寂仙房日澄寂〔49歳〕

新六人編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ (日蓮宗事典刊行委員会 1981, p. 325)には、本書は「今日の学界では〔略〕日興の名に仮託して作られたものとされている」とある。

参考文献編集

  • 『日蓮宗事典』日蓮宗事典刊行委員会、日蓮宗宗務院、1981年10月13日。NCID BA61075492OCLC 17071163ASIN B000J7QTDQ