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江藤 栄吉(えとう えいきち、1876年(明治9年)12月 - 1928年(昭和3年)4月27日)は、広島県出身の教育者政治家衆議院議員

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経歴編集

1876年広島市に生まれる。東京高等師範学校東京帝国大学法学部[1]を卒業。東京高等師範学校訓導、栃木県師範学校教諭を歴任後、1917年広島市の旧制修道中学校(現修道中学校・修道高等学校)校長[2]、1921年天津同文書院監督、1926年天津中日学院監督を務める[3][4]第15回衆議院議員総選挙(1924年実施)の広島県第一区補欠選挙に立憲民政党から立候補し当選(1926年11月13日)。1928年4月27日逝去。

著書編集

  • 江藤榮吉『国民精神の発現発達及将来』広島県高田郡私立教育会、1917年。

脚注編集

  1. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』100頁。
  2. ^ 『修道学園中高同窓会会員名簿』第35号、2010年版、8頁。
  3. ^ 李雪「天津における日本語教育の展開」『早稲田大学大学院教育学研究科紀要』別冊22号-2, 2015年、p49-59。
  4. ^ 韓立冬「戦前日本の中国人留学生予備教育―特設予科とその周辺」

参考文献編集

  • 日本人物情報体系第30巻憲政編(10)、皓星社、2000年、66頁。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 衆議院事務局『衆議院議員略歴. 第1回乃至第18回総選挙』1932年

関連項目編集