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片桐 貞晴(かたぎり さだはる、? - 慶安3年10月4日1650年10月28日))は、江戸時代初期の旗本寄合小泉藩初代藩主片桐貞隆の二男。母は武田一雲の娘。通称は勝七郎。

生涯編集

二男であったが母が正妻のため、父の死後の寛永4年(1627年)、遺領のうち3000石余(3002、3200の資料あり)を分知され、寄合となる。慶安3年(1650年)10月4日死す。法名は宗眞。

後嗣に恵まれず、一色右馬助範親の二男を養子に迎える。この養子が成人後、片桐之晴と名乗る。之晴の母は貞隆の娘であり、之晴は貞晴にとって甥である。この家系は幕末で絶えることなく続く。

貞晴の後、5代片桐友從(ともゆき)が茶人・宗幽として有名である。