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'''南紀'''(なんき)とは、[[東海旅客鉄道]](JR東海)が、[[名古屋駅]] - [[新宮駅]]・[[紀伊勝浦駅]]間を[[関西本線]]・[[伊勢鉄道伊勢線]]・[[紀勢本線]]経由で運行する[[特別急行列車|特急列車]]の[[列車愛称]]。なお、この項目は臨時[[急行列車]]「'''熊野市花火'''」(くまのしはなび)についても記述する。
 
なお、本項では臨時[[急行列車]]「'''熊野市花火'''」とともに、紀勢本線新宮駅以東を運転していた優等列車の沿革についても記述する。
== 運行概況 ==
=== 運転本数・列車番号 ===
:名古屋駅 - 新宮駅間 1往復(2・7号)
:名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間 3往復(1・3・5 - 4・6・8号)
:*多客時には、下り2本(81・83号)上り2本(82・84号)の合計4本が臨時列車として運行される。
 
== 概要 ==
紀伊勝浦駅には[[車両基地]]がないため、下り列車到着後はいったん新宮駅まで[[回送]]しそこで整備・点検・清掃を行う。その後再び紀伊勝浦駅へ戻り、折り返し上り列車となる(ただし、紀伊勝浦駅ホーム長時間留置で折り返す場合もある)。新宮 - 紀伊勝浦間もJR東海の乗務員が担当しているが、運転士はJR東海管内の多気駅で交代する。また、紀伊勝浦駅ホームにはJR東海乗務員の詰め所がある。
特急「南紀」は、[[1978年]]10月2日に紀勢本線和歌山駅 - 新宮駅間の電化が完成したことにより、従来天王寺駅 - 名古屋駅間を紀勢本線経由で運転していた「[[くろしお (列車)|くろしお]]」の運転系統を分断することになり、「くろしお」の新宮駅以東の運転は廃止され、名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間に特急「南紀」を新設したのが始まりである。
 
=== 「南紀」の列車名の由来 ===
かつては新宮駅 - 紀伊勝浦駅間の[[始発列車|初列車]]と[[終電|終列車]]の役割を担うため上下1本ずつこの区間を普通列車として運転されていたが、現在この運用は廃止されている。
「南紀」の列車名は、 [[紀伊半島]]の南部を表す言葉の「[[南紀]]」にちなんでいる。なお、JR東海は1996年より新型車両で運転されている列車には「(ワイドビュー)」を冠しており、「(ワイドビュー)南紀」として運転している。
 
「南紀」としては、[[1953年]]5月に[[天王寺駅]] - 白浜口駅(現在の[[白浜駅]])・新宮駅間を運行する臨時準急列車として運転を開始。同年11月には定期列車化され、1966年に[[急行列車]]化され、1968年10月に「[[きのくに (列車)|きのくに]]」に吸収する形で廃止されている。また、[[1974年]] - [[1978年]]10月まで[[名古屋駅]] - 天王寺駅・[[和歌山市駅]]間を関西本線・紀勢本線経由で運行する[[寝台車 (鉄道)|寝台車]]を連結した夜行普通列車の列車名としても使用されていた。
 
== 「南紀」 ==
=== 運行概況 ===
名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間に3往復(1号・3号 - 6号・8号)、名古屋駅 - 新宮駅間に1往復(2号・7号)の合計4往復が運転されている多客時には、2往復(81号 - 84号)が臨時列車として運行される。
 
紀伊勝浦駅には[[車両基地]]がないため、下り列車到着後はいったん新宮駅まで[[回送]]しそこで整備・点検・清掃を行う。その後再び紀伊勝浦駅へ戻り、折り返し名古屋行になるが、紀伊勝浦駅で長時間留置して折り返す場合もある。新宮駅 - 紀伊勝浦駅間もJR東海の乗務員が担当しているが、運転士はJR東海管内の多気駅で交代する。また、紀伊勝浦駅にはJR東海乗務員の詰所がある。
 
かつて新宮駅 - 紀伊勝浦駅間の[[始発列車|初列車]]と[[終電|終列車]]の役割を担うため、上りの始発(2号)と下りの終発(9号)のこの区間を普通列車として運転されていたが、[[2001年]]3月に廃止された。
 
列車番号は3001D - 3008Dと運転線区等で変更がない。下りが号数+3000の奇数、上りが号数+3000の偶数となる。1号=3001D、2号=3002Dとなる。また臨時列車(81・82・83・84号)もこの規則に準じて8001 - 8004Dとされる。
 
==== 停車駅 ====
名古屋駅 - [[桑名駅]] - [[四日市駅]] - [[鈴鹿駅]] - [[津駅]] - [[松阪駅]] - [[多気駅]] - [[三瀬谷駅]] - [[紀伊長島駅]] - [[尾鷲駅]] - [[熊野市駅]] - 新宮駅 - 紀伊勝浦駅
*定期列車の基本的な停車駅を記載する。
 
* このほか、沿線のイベントに合わせて臨時停車する駅がある。
:[[名古屋駅]] - [[桑名駅]] - [[四日市駅]] - [[鈴鹿駅]] - [[津駅]] - [[松阪駅]] - [[多気駅]] - [[三瀬谷駅]] - [[紀伊長島駅]] - [[尾鷲駅]] - [[熊野市駅]] - [[新宮駅]] - [[紀伊勝浦駅]] 
:*臨時停車駅 那智駅 阿田和駅 波田須駅 新鹿駅 賀田駅 大曽根浦駅 相賀駅 三野瀬駅 梅ヶ谷駅 滝原駅 徳和駅 六軒駅 鈴鹿サーキット稲生駅
 
==== 使用車両・編成 ====
{|style="width:17em; float:right; font-size:90%; margin:0em 0em 0em 1em; border:1px solid gray;"
|-
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|-
|colspan="2" style="font-size:90%;"|
* 全車禁煙
;凡例
* {{bgcolor|greenyellow|G}}=[[グリーン車]][[座席指定席]]
* 指=[[普通車 (鉄道車両)|普通車]]座席指定席
* 自=普通車[[自由席]]
* 全車禁煙
|}
[[ファイル:JRC Kiha85 Series01.jpg|thumb|right|200px|全車普通車の4両編成(2007年7月、桑名駅にて)]]
がJR東海の[[名古屋車両区]]に所属する[[JR東海キハ85系気動車|キハ85系]]([[名古屋車両区]]所属)を使用している。通常は4両編成で、そのうち1両が[[自由席]]であり、指定席は2.5両、グリーン車は0.5両である。全列車全車が、多客期は最大7禁煙編成運転されている。
 
運転開始当初から[[国鉄キハ80系気動車|キハ82系気動車]]が使用されていたが、運転開始当初から[[国鉄キハ80系気動車|キハ80系気動車]]が使用されていたが、1992年3月からキハ85系に置換えられた。グリーン車は「南紀」専用として先頭全室グリーン車であるキロ85形が用いられたが、[[2001年]]に多客期を除いてグリーン車の連結を中止し、現在は「[[ひだ (列車)|ひだ]]」に転用されて「南紀」では用いられなくなった。2009年3月14日のダイヤ改正からは全列車に再びグリーン車が設置され、従前の多客時に連結していた半室グリーン車[[グリーン車]]はキロハ84(半室グリーン車、4列座席、運転台無し)を連結している。
グリーン車はキロハ84(半室グリーン車、4列座席、運転台無し)である。多客期の編成は今までの実績では、7両である。
 
[[2001年]](平成13年)[[3月3日]]上りの始発(2号)と下りの終発(9号)の新宮 - 紀伊勝浦間(この区間は普通列車扱い)を廃止。
先頭全室グリーン車であるキロ85形は「南紀」がキハ85系に置き換えられた時に登場し、当初は「南紀」専用で用いられたが、現在は「[[ひだ (列車)|ひだ]]」に転用されて「南紀」では用いられなくなった。
 
==== 担当車掌区 ====
なお、2009年3月14日のダイヤ改正からは全列車に再びグリーン車が設置され、従前の多客時に連結していた半室グリーン車キロハ84が連結される。
 
=== 利用実態 ===
[[近鉄名古屋線]]と競合する名古屋駅 - 津駅間は行楽期を除いて利用は少ない。
 
車内が混雑するのは、津駅および松阪駅より南の区間で、三重県東紀州地方から県庁所在地の[[津市]]および中勢 - 東紀州の経済拠点の[[松阪市]]への用務客や大阪方面と松阪駅までの間、近鉄を利用して、松阪駅で近鉄と乗り継ぐ乗客が利用の中心である。松阪駅と熊野市駅間は[[三重交通]]の南紀特急バスと競合している。
 
=== 特定特急料金 ===
名古屋駅 - 新宮駅間で、30kmまでの区間の自由席特急料金は通年310円と割安になっている。
 
しかし、伊勢鉄道を経由すると同社の特急料金310円が加算されることや、名古屋駅 - 四日市駅間等ぎりぎり30kmを越え適用外の区間があったため、爆発的な利用増には結びついていなかった。2005年10月1日より、同じく名古屋駅 - 新宮駅間で31km - 50kmの区間の自由席特急料金が通年630円に値下げされた。
 
=== 担当車掌区 ===
* [[名古屋運輸区]]
* [[亀山運輸区]]
* [[伊勢運輸区]]
{{-}}
 
== 臨時列車「熊野市花火」 ==
'''熊野市花火'''(くまのしはなび)とは、毎年8月17日に行われる[[熊野大花火大会]]の開催日と翌日の未明に運転される[[臨時列車|臨時]][[急行列車]]である。なお、開催日には「南紀」も臨時に名古屋駅 - 熊野市駅間を運行している。
 
=== 運行概況 ===
'''熊野市花火'''(くまのしはなび)とは、毎年8月17日に行われる[[熊野大花火大会]]の開催日(と翌日の未明)に運転される[[臨時列車|臨時]][[急行列車]]である。なお、開催日には「南紀」も臨時に名古屋駅 - 熊野市駅間を運行する。
熊野市行が2本、熊野市発が2本運転されている。下りの発駅および上りの行先は年度により異なっているが、2009年は津駅と亀山駅発着が設定された。
 
[[急行券]]・[[座席指定券]]・[[グリーン券]]は、通常、当該列車が始発駅を発車する日の1か月前に当たる日の10時から発売されているが、天候により開催が左右される花火大会という性格上、開催予定当日の朝6時に開催の可否が発表され、開催が決まった場合は7時からが発売される。また、1号と4号の急行券の発売駅は全国発売されず、発売駅を限定している。
=== 2007年運行概況 ===
開催予定当日の朝6時に開催が決まった場合、7時から急行券・指定席券・グリーン券が発売された。
;運転区間
*下り:伊勢市駅・津駅 → 熊野市駅
*上り:熊野市駅 → 津駅・四日市駅
;使用車両・車種
*1・4号:[[JR東海キハ75形気動車|キハ75形]]
**全車自由席・全車禁煙
*2・3号:[[JR東海キハ85系気動車|キハ85系]]
**グリーン車・普通車共に全車指定席である。
 
=== 沿革使用車両・編成 ===
1号と4号は[[JR東海キハ75形気動車|キハ75形]]により全車自由席・全車禁煙として、2号と3号はキハ85系により全車指定席として運転されている。
=== 「南紀」という名の列車の沿革 ===
元々「南紀」と言う名称は、「[[くろしお (列車)|くろしお]]」と同じく、[[天王寺駅]] - [[白浜駅|白浜口駅]]・[[新宮駅]]間を走る[[準急列車]]・[[急行列車]]の愛称として使用された。変わったところでは、[[1974年]]より[[1978年]][[10月1日]]まで[[名古屋駅]] - 天王寺駅・[[和歌山市駅]]間を関西本線・紀勢本線経由で運行する[[寝台車 (鉄道)|寝台車]]を連結した夜行普通列車の愛称として使用されていた。
 
== 特定特急料金 ==
==== 大阪対南紀準急・急行列車「南紀」・「はやたま」 ====
1992年3月から[[特別急行券|特急料金]]がA特急料金に変更され、それまでの料金よりも高くなった。名古屋駅 - 新宮駅間では、30kmまでの区間の自由席特急料金は通年310円と割安になっている。
{{seealso|くろしお_(列車)#大阪対南紀直通優等列車沿革 }}
*[[1953年]](昭和28年)[[5月1日]] 天王寺駅 - 白浜口駅間を運行する[[臨時列車|臨時]]準急列車として「南紀」運行開始。
*1953年(昭和28年)[[11月11日]] 「南紀」、定期列車化。但し、[[列車番号]]上では臨時列車扱い。
*[[1955年]](昭和30年)[[8月1日]] 「南紀」、列車番号上でも定期列車化。
*[[1956年]](昭和31年)[[11月19日]] 新宮駅→天王寺駅間運行の準急列車として、「はやたま」の運行を開始する。
*[[1959年]](昭和34年)[[7月15日]] 天王寺駅→新宮駅間運行の夜行普通列車を準急列車に格上げし、「はやたま」の名称を与える。
*1959年(昭和34年)[[9月22日]] 「南紀」[[気動車]]化。運行区間も天王寺駅 - 新宮駅間となる。
*[[1960年]](昭和35年)[[6月1日]] 準急「はやたま」を吸収し、「南紀」昼行1往復と天王寺駅→新宮駅間運行の夜行列車の運行となる。
*1960年(昭和35年)[[10月28日]] 「南紀」、臨時列車を1往復増発。
*[[1961年]](昭和36年)[[3月1日]] 「南紀」に[[南海電気鉄道]][[南海本線|南海線]][[難波駅]]発着列車を併結開始。
*[[1966年]](昭和41年)[[3月5日]] 準急列車制度の改変に伴い、「南紀」急行列車に昇格。
*[[1968年]](昭和43年)[[10月1日]] 「[[ヨンサントオ]]」[[ダイヤグラム#ダイヤ改正|ダイヤ改正]]に伴う列車名称整理に伴い、「[[くろしお (列車)|きのくに]]」へ統合。「南紀」の列車名は一時消滅。
 
しかし、伊勢鉄道を経由すると同社の特急料金310円が加算されることや、名古屋駅 - 四日市駅間などぎりぎり30kmを越え適用外の区間があったため、爆発的な利用増には結びついていなかった。2005年10月1日より、同じく名古屋駅 - 新宮駅間で31km - 50kmの区間の自由席特急料金が通年630円に値下げされた。
==== 紀勢本線夜行普通列車"太公望列車"「南紀」 ====
{{seealso|紀勢本線#夜行列車「南紀」・「はやたま」、"太公望列車"}}
*[[1974年]](昭和49年)10月1日 [[マルス (システム)|指定席発券システム]]の拡充により[[座席指定席]]を有する普通列車にも列車愛称を与えることとなり、名古屋駅 - 天王寺駅・[[和歌山市駅]]間を関西本線・紀勢本線経由で運行する[[寝台車 (鉄道)|寝台車]]を連結した夜行普通列車に「南紀」の愛称を与える。
*[[1978年]](昭和53年)[[10月2日]] 紀勢本線新宮駅 - 天王寺駅間電化工事完了に伴い、同線の特急「[[くろしお (列車)|くろしお]]」が電車化されるが、新宮駅以西は系統分離することになって名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間を関西本線・伊勢線・紀勢本線経由で運行する[[気動車]]特急の名称として「南紀」の運転を開始。従来の「南紀」は「はやたま」に改称。
 
== 利用状況と競合交通機関 ==
==== 名古屋対南紀特急「南紀」 ====
[[近鉄名古屋線]]と競合する名古屋駅 - 津駅間は行楽期を除いて利用は少ない。
これについては[[#紀勢東線特急「南紀」登場とその後|下記]]を参照されたい。
 
車内が混雑するのは、津駅および松阪駅より南の区間で、三重県東紀州地方から県庁所在地の[[津市]]および中勢 - 東紀州の経済拠点の[[松阪市]]への用務客や大阪方面と松阪駅までの間、近鉄を利用して、松阪駅で近鉄と乗り継ぐ乗客が利用の中心である。松阪駅と熊野市駅間は[[三重交通]]の南紀特急バスと競合している。
=== 紀勢本線新宮以東優等列車沿革 ===
 
(大阪・京都・名古屋方面から[[参宮線]]へ直通する列車に関しては、「[[みえ (列車)|みえ]]」・[[近鉄特急史]]の項目を参照)
== 沿革 ==
{{Main2|大阪と南紀を結んでいた準急・急行列車「南紀」|くろしお_(列車)#大阪対南紀直通優等列車沿革|紀勢本線夜行普通列車"太公望列車"としての「南紀」|紀勢本線#夜行列車「南紀」・「はやたま」、"太公望列車"}}
 
=== 紀勢本線新宮駅以東優等列車沿革 ===
==== 紀勢本線全線開業後の展開 ====
*[[1959年]](昭和34年)[[7月15日]] 紀勢本線[[三木里駅]] - [[新鹿駅]]間を最後に全通。[[天王寺駅]] - [[名古屋駅]]間に、それまで天王寺駅 - [[新宮駅]]間を運行していたのを延伸する形で、[[準急列車]]'''くまの'''運行開始(C57形蒸気機関車牽引の客車列車)。また、名古屋駅 - [[紀伊勝浦駅]]間に[[臨時列車|不定期]]の[[夜行列車|夜行]]準急'''うしお'''を1往復、東京駅 - [[新宮駅]]間に臨時夜行急行列車'''那智'''新設。
*1959年(昭和34年)*[[9月22日]] 「那智」、定期列車へ格上げ。
*[[1961年]](昭和36年)[[3月1日]] 「くまの」を'''紀州'''に改称。同時に[[国鉄キハ55系気動車|キハ55系]]を使用して[[気動車]]化。同年10月実施の[[サンロクトオ]][[ダイヤグラム#ダイヤ改正|ダイヤ改正]]までには[[国鉄キハ58系気動車|キハ58系]]へ置き換えられる。また、新設された[[鳥羽駅]]→紀伊勝浦駅間片道運行の準急列車を'''「くまの」'''とする。
*1961年(昭和36年)*[[10月1日]] 「サンロクトオ」ダイヤ改正により、上りの「うしお」は上りを廃止し、定期列車に格上げ。
*[[1963年]](昭和38年)10月1日 「うしお」名古屋駅 - [[紀伊田辺駅]]間に昼行1往復増発。「くまの」は'''なぎさ'''に改称。新設された京都駅 - 紀伊勝浦駅間([[草津線]]経由)に新設された準急列車を'''くまの'''とする。
*[[1964年]](昭和39年)7月 [[新婚旅行]]客の需要もあって、「紀州」は[[グリーン車]](当時は1等車)を2両連結にする。
*1964年(昭和39年)10*10月1日 「那智」紀伊勝浦駅まで運行区間を延伸。
*[[1965年]](昭和40年)3月1日 天王寺駅 - 名古屋駅間で、同線初の[[特別急行列車|特急列車]]であ'''[[くろしお (列車)|くろしお]]'''が運行開始。
*[[1966年]](昭和41年)[[3月5日]] 「うしお」「くまの」を急行列車に格上げ。
*[[1967年]](昭和42年)10月1日 紀伊勝浦駅 - 亀山駅間で「くまの」、亀山駅 - 名古屋駅間で「[[くろしお (列車)|はやたま]]」の増結車とされていた車両を、紀伊勝浦駅 - 名古屋駅間運行の「うしお」とし、「うしお」は2往復運転になる。
*[[1968年]](昭和43年)10月1日[[ヨンサントオ]]ダイヤ改正により、「紀州」は「うしお」を統合して増発が図られ、4往復体制になる。「那智」を'''[[紀伊_(列車)|紀伊]]'''(きい)へ、「なぎさ」を'''はまゆう'''に改称。
*[[1973年]](昭和48年)[[9月1日]] [[河原田駅]](国鉄時代の起点は[[南四日市駅]]) - [[津駅]]間を短絡する伊勢線(現在の[[伊勢鉄道伊勢線]])が開通したことにより、特急「くろしお」と急行「紀州」5往復の内3往復が、[[亀山駅 (三重県)|亀山駅]]経由から同線経由になる。
*[[1975年]](昭和50年)[[3月10日]] [[1975年3月10日国鉄ダイヤ改正|このときのダイヤ改正]]で、「紀伊」は[[国鉄14系客車|14系客車]]を使用して寝台特急列車に格上げ。
 
==== 紀勢東線特急「南紀」登場とその後 ====
[[ファイル:JNR_DC_82_Ltd_Exp_Nanki_at_Oouchiyama_Sta.jpg|thumb|right|250px|82系時代(1980年8月 大内山駅)]]
*[[1978年]](昭和53年)[[10月2日]][[ゴーサントオ]]ダイヤ改正。紀勢本線新宮以西の電化が完成したことにより、同線の運転系統を分断することになった。「くろしお」の新宮駅以東の運転廃止され、伊勢線経由名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間に特急'''南紀'''を3往復新設。「紀州」は亀山駅経由名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間運行の3往復へ削減。
*[[1980年]](昭和55年)10月1日 [[1980年10月1日国鉄ダイヤ改正|この時実施された減量ダイヤ改正]]により、「くまの」廃止。
*[[1982年]](昭和57年)[[5月17日]] 夜行の「紀州」廃止。また、残る2往復のうち伊勢線経由だった1往復を亀山駅経由に変更し、伊勢線内の優等列車の停車が消滅する(後に伊勢線を転換した伊勢鉄道経由に変更)。
*[[1984年]](昭和59年)[[2月1日]] [[1984年2月1日国鉄ダイヤ改正|減量この時のダイヤ改正]]により、「紀伊」廃止。
*[[1985年]](昭和60年)[[3月14日]] [[1985年3月14日国鉄ダイヤ改正|この時のダイヤ改正]]により「紀州」を「南紀」へ統合、「南紀」は4往復になる(トータルで1往復削減)。「はまゆう」廃止。なお、「紀州」はその後、奈良駅 - 紀伊勝浦駅間(亀山駅経由)に臨時急行として設定されたことがある。
*[[1987年]](昭和62年)[[4月1日]] JR:JR各社発足に伴い、「南紀」の運行はJR東海の担当となる。
*[[1989年]](平成元年)[[3月13日]] [[一本列島|この時のダイヤ改正]]で「南紀」を5往復に増発。また、名古屋駅→紀伊勝浦駅(亀山駅経由、片道)に臨時夜行快速「スターライト」も運行されるようになる(1992年まで)。
*[[1990年]](平成2年)[[3月20日]] 特急「南紀」の1往復を格下げする形にて、名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間に、[[快速列車|快速]]'''[[みえ (列車)|みえ]]'''を1往復新設。[[熊野市駅]]以南は各駅停車とした。
*[[1992年]](平成4年)[[3月14日]]:ダイヤ改正により以下のように変更。
*[[1992年]](平成4年)[[3月14日]] 「南紀」の[[国鉄キハ80系気動車|キハ82系]]を[[JR東海キハ85系気動車|キハ85系]]に置換え。1往復の「みえ」も特急「南紀」へ格上げ統合し、「南紀」は6往復となる。また、この時から[[特別急行券|特急料金]]がA特急料金に変更。スピードアップが実施されて、91年3月16日のダイヤ改正により起きていた『名古屋 - 多気間の所要時間が快速「みえ」よりも遅い』という逆転現象が1年ぶりに解消された。また、名古屋 - 紀伊勝浦間はキハ80系と比べて42分短縮の3時間23分で運転。これを最後にキハ82系の定期運用が終了。
*# 「南紀」の使用車両を[[国鉄キハ80系気動車|キハ82系]]を[[JR東海キハ85系気動車|キハ85系]]に変更、これを最後にキハ82系の定期運用が終了。
*[[1993年]](平成5年)[[12月1日]] この時から翌年夏まで鳥羽駅 - 紀伊勝浦駅間に臨時特急「鳥羽・勝浦」を1往復運転。
*#: これによりスピードアップが実施されて、1991年3月16日のダイヤ改正により起きていた『名古屋 - 多気間の所要時間が快速「みえ」よりも遅い』という逆転現象が1年ぶりに解消された。また、名古屋 - 紀伊勝浦間はキハ80系と比べて42分短縮の3時間23分で運転。
*[[1995年]](平成7年)[[1月21日]] キハ82系による「メモリアル南紀」号が運転される(キハ82系有終の美を飾る営業運転となる)。
*# [[特別急行券|特急料金]]をA特急料金に変更。
*[[1996年]](平成8年)[[7月25日]] 列車名に“ワイドビュー”が冠され「(ワイドビュー)南紀」となる。
*# 1往復の快速「みえ」を特急「南紀」へ格上げ統合し、「南紀」は6往復となる。
*[[2001年]](平成13年)[[3月3日]] 「南紀」の通常期の[[グリーン車]]連結を廃止(繁忙期は連結)。これにより、南紀で使用していたキロ85は高山本線の「[[ひだ (列車)|ひだ]]」へ転用される。上りの始発(2号)と下りの終発(9号)の新宮 - 紀伊勝浦間(この区間は普通列車扱い)を廃止。
*[[20061993年]](平成185年)[[312181日]]:この時から翌年夏まで ダイヤ改正により、「南[[鳥羽駅]] - 勢鉄道鈴鹿駅と三瀬谷勝浦全列車停車臨時特急「鳥羽・勝浦」を1往復運転
*[[20091995年]](平成217年)[[311421日]] 2001年のダイヤ改正:キハ82系により廃止る「'''メモリアル南紀'''」号が運転されていた定期運行る(キハ82系有終グリーン車が復活美を飾る営業運転となる)
*[[20091996年]](平成218年)[[67125日]] 全:列禁煙名に“ワイドビュー”が冠され「'''(ワイドビュー)南紀'''」となる。
*[[2001年]](平成13年)[[3月3日]]:「南紀」の通常期の[[グリーン車]]連結を廃止(繁忙期は連結)。上りの始発(2号)と下りの終発(9号)の新宮 - 紀伊勝浦間(この区間は普通列車扱い)を廃止。
*[[2006年]](平成18年)[[3月18日]]:ダイヤ改正により、「南紀」が伊勢鉄道鈴鹿駅と三瀬谷駅に全列車停車。
*[[2009年]](平成21年)[[3月14日]]:2001年のダイヤ改正により廃止されていた定期運行のグリーン車が復活。
*[[2009年]](平成21年)[[6月1日]]:全車禁煙となる。
 
=== 列車名の由来 ===
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*'''「なぎさ」''' 波打ち際を表す「渚」にちなむ。
*'''「那智」'''(なち) 目的地の[[吉野熊野国立公園]]の「[[那智滝]]」又は「[[那智山]]」にちなむ。
*'''「南紀」'''(なんき) [[紀伊半島]]の南部を表す言葉の「[[南紀]]」にちなむ。
*'''「はまゆう」''' 暖地の海岸に生息する[[植物]]の「[[ハマユウ]]」にちなむ。
*'''「はやたま」''' 新宮市にある[[熊野速玉大社]]にちなむ。