削除された内容 追加された内容
m →‎参考文献: 著者リンク修正
(同じ利用者による、間の1版が非表示)
1行目:
{{生物分類表
|名称 = 鰓曳動物門
|画像 =[[ファイル:Priapulus caudatus.jpg|250px]]
|画像キャプション =エラヒキムシ {{snamei|Priapulus caudatus}}
|色 = pink
| ドメイン = [[真核生|動物界]] {{Snamesname||Eukaryote|AnimaliaEukaryota}}
|上門 = [[脱皮動物上門]] {{Snamesname||Animal|EcdysozoaAnimalia}}
| 亜界= '''鰓曳[[真正後生動物門''']]亜界 {{Snamesname||Priapulida}} {{AU|Théel, 1906Eumetazoa}}
| 亜界階級なし = [[旧口動物]]枝 {{sname||Protostome|Protostomia}}
|下位分類 = 本文参照
|上門 = [[脱皮動物]]上門 {{Sname||Ecdysozoa}}
|門 = '''鰓曳動物門''' {{Sname||Priapulida}}
|学名 = '''{{Sname|Priapulida}}''' {{AUY|Théel|1906}}
|英名 = {{lang|en|penis worm}}
|下位分類名 = 目
|下位分類 = 本文参照
*[[セティコロナリア目]] {{sname||Seticoronaria}}
*[[プリアプルス目]] {{sname||Priapulimorpha}}
}}
'''鰓曳動物'''(えらひきどうぶつ、[[学名]]:{{langsname|la|Priapulida}} または{{sname|Priapula}}または'''プリアプルス類'''は、[[蠕虫]]状海産[[無脊椎動物]]の1[[分類群]]。冠棘を備えた伸縮性の[[吻]]を持つ海洋性。独立[[動物である。種]][[門 (分類学)|門]]よっては尾状付属器をもつものもいる。現在18種が知ら分類さている。
 
==名称==
[[ファイル:Pompeya erótica5.jpg|thumb|left||150px|プリアプルスの名は陰茎を象徴する神プリアポスに由来する。]]鰓曳動物という和名は、後述する尾状付属器を[[鰓]]と考えたことに由来するが、すべての[[種 (分類学)|種]]がこの付属器を持つわけではない。しかもこの付属器は鰓([[呼吸]][[器官]])ではなく、[[感覚器]]であるとされるようになっている。このことから、鰓曳動物門の名を避け、[[学名]]のままプリアプルス門と呼ぶこともある<ref name=bd/>。
 
学名は[[ギリシャ神話]]における[[生殖]]の神であり、[[陰茎]]を象徴する[[プリアポス]]の名に由来し<ref name=bru/>、プリアプルスとは「小さい陰茎」を意味する<ref name=gould/>。なお英語では{{lang|en|penis worm}}と呼ばれる。
 
== 特徴 ==
[[ファイル:Priapulus caudatus FZ.png|エラヒキムシ。|thumb|100px]]
鰓曳動物は円筒の形状をした虫に似た動物で、体の前方中央に口あり、その周りに口器や触手は一切ない。体表面は環状に区切られ、棘が並んだ輪を持つことがあり、それはしばしば咽頭にまで続いている。[[消化器]]は直線状で、体後端の肛門まで繋がるが、''Priapulus'' では腹部末端が肛門を越えて伸び、一または二の鰓状の突起となる。これを鰓と見て、かつてはこの類を'''エラヒキムシ'''(鰓曳き虫)と呼んだ。神経系は環状部と腹面神経索からなり、[[外胚葉]]との原始的なつながりを残している。
円筒形の[[蠕虫]]で、[[左右相称動物|左右相称]]。体長は大きいものでは20[[センチメートル]]ほどになるが、0,5[[ミリメートル]]の小型種もいる。体表は[[クチクラ]]に覆われ、成長過程で[[脱皮]]する。小型種は透けて見えるが、大型種の体表は黄白色や赤褐色になる<ref name=bd/>。クチクラ層の下には[[表皮]]層、その下には[[筋肉]]の層がある<ref name=bru/>。
 
体は大きく[[吻]]と胴に分かれる。吻は出し入れが可能で、その表面には多数の棘が並んでいる。吻の先端に[[口]]がある。[[消化管]]は完全で、ほぼ直線に伸びる。[[肛門]]は体の後端、中心近くに開く<ref name=bru/>。胴の体表には皺が見られるが、これは[[体節]]構造ではなく、鰓曳動物は体節を持たない<ref name=bd/>。一部の種を除いて体の後部に尾状付属器を持つが、その形態は種によってさまざまである<ref name=bru/>。
[[感覚器]]、[[循環器]]、[[呼吸器]]については特化したものを持たない([[酸素]]の運搬に関与する[[タンパク質]]は[[ヘムエリトリン]]である)。体内に広い空洞があるが、これは[[排出器]]、[[生殖器]]とは関係ないため体腔とは見なされず、[[血体腔]]であると考えられている。
 
体内には大きな[[体腔]]がある。この体腔が真体腔であると主張した研究者もいるが、その後の研究からこれは疑問視されており、鰓曳動物は偽体腔を持つと考えられている<ref name=bru/><ref name=shira/>。体腔内は体腔液に満たされている。体腔液は{{仮リンク|水力学的骨格|en|hydrostatic skeleton}}として体を支持しており、吻を突出させるときには、体壁の筋肉(環筋)が収縮し、それによって生じる体腔液の圧力を利用する<ref name=bru/>。体腔液中には[[ヘムエリスリン]]を含む[[赤血球]]や、[[食細胞]]性の[[変形細胞]]がある<ref name=bru/>。
== 生殖と発生 ==
鰓曳動物は[[雌雄同体]]で、雄性器と雌性器は排出器と一緒になり、片側で肛門とつながっている。
 
体腔の後部に[[原腎管]]があり、[[浸透圧]]調節や[[排泄]]機能を果たしていると考えられる。同じ場所に[[生殖器]]系があり、一対の生殖孔が肛門の近くに開口する<ref name=bru/>。
発生や成長については詳しいことは分かっていない。
 
[[神経系]]は表皮内にあり、放射状に張り巡らされている。[[脳]][[神経節]]は持たないが、[[腸]]を囲むように神経環があり、そこから神経索が腹側に伸びる<ref name=bru/>。
== 化石 ==
[[ファイル:Ottoia burrowing.jpg|220px|thumb|[[バージェス生物群]]の[[オットイア]](復元図)]]
鰓曳動物の[[化石]]は、少なくとも[[カンブリア紀]]中期からのものが知られている。[[バージェス動物群]]や[[澄江動物群]]などでこれに属すると見られる化石がいくつも発見され、カンブリア紀には主な捕食者として栄えたと考えられる。
 
== 分類繁殖系統発生 ==
[[ファイル:Halicryptus spinulosus larva frontosagittal view.png|''Halicryptus spinulosus''の幼生。|thumb]]
その外見から、古くは[[ユムシ類]]や[[ホシムシ類]]との類縁が考えられたが、体腔が真体腔でないことから前者との類縁は否定され、後者とは消化管がU字状でないこと、[[触手]]がないことなどで区別される。後に[[脱皮動物]]に含めるべきであることが指摘された。
[[雌雄異体]]で、ふつうは[[体外受精]]。まず[[オス|雄]]が[[精子]]を、次いで[[メス (動物)|雌]]が[[卵]]を放出し、[[受精]]が起こる<ref name=bru/>。[[受精卵]]は[[卵割#全割|全割]]の[[卵割#割球の配置|放射卵割]]を経て発生し、[[胴甲動物]]の成体によく似た[[ロリケイト]][[幼生]]になる<ref name=bd/>。ロリケイト幼生の胴部はクチクラの被甲に覆われていて、吻はそのなかに収まっている。被甲は成長過程で何度か脱ぎ捨てられ、[[変態]]の際には失われるので成体にはない<ref name=bru/>。
 
一方で、胚が変態せず、成体と同じかたちで孵化する[[直接発生]]も[[ツビルクス科]]の{{snamei||Meiopriapulus fijiensis}}で報告されている。この種では、胚は母親によって[[動物の子育て|保護]]される<ref name=bru/>。[[マッカベウス科]]の{{snamei||Maccabeus tentaculatus}}では雄の存在が確認されていないが、この種の[[繁殖]]方法は不明である<ref name=bru/><ref name=bd/>。
分類学的に最も近縁な門はおそらく[[動吻動物]] {{Sname||Kinorhyncha}} と[[胴甲動物]] {{Sname||Loricifera}} で、これらの3門をまとめて[[有棘動物門]] {{Sname||Scalidphora}} とする説もある。[[節足動物]]、[[有爪動物]]、[[線形動物]]、[[類線形動物]]と共に、脱皮動物の中で肉眼で見えるサイズの種を含む門である。
 
== 生殖と発生 ==
鰓曳動物門には現生の2目3科7属18種が含まれる。近年では小型の[[間隙性]]の種も知られるようになった。18種のうち、2種 ''Priapulus caudatus'' [[エラヒキムシ]] および ''P. bicaudatus'' [[フタツエラヒキムシ]]が日本から報告されている。エラヒキムシはヨーロッパでも比較的普通に見られる種である。
[[ファイル:Halicryptus spinulosus 1.JPEG|''Halicryptus spinulosus''の成体。|thumb]]
すべて[[海洋]](または[[汽水]])に生息し、[[淡水]]産のものはいない。砂泥底に見られ、浅い[[潮下帯]]から水深5000[[メートル]]を超える[[深海]]底まで、広範囲に生息する<ref name=bd/>。大型種は低水温の海域に多く、巣穴を掘って生活するほか、[[棲管]]をつくる種もわずかにいる<ref name=bru/>。かつてはそのような種しかしられていなかったため、高緯度や深海のみに分布すると考えられていたが、[[熱帯]]にも小型の種がいることが明らかになっている<ref name=bd/>。小型の種は巣穴を掘るか、[[間隙性]]である<ref name=bru/>。貧[[酸素]]で[[硫化物]]濃度の高い環境に生息する種({{snamei||Harycryptus spinulosus}})も報告されている<ref name=bru/>。
 
多くは[[捕食]]性。吻を伸ばし、キチン質の歯が並んだ[[口]]を突出させて、[[ゴカイ]]や[[ヨコエビ]]など小型の無脊椎動物を捕食する<ref name=bru/><ref name=bd/>。棲管をつくる{{snamei|Maccabeus tentaculatus}}は、口の周囲にある短い[[触手]]と棘を使い、近づいた獲物を捕らえる<ref name=bru/>。小型種は[[デトリタス]]などを餌とする<ref name=bd/>。深海性の種では、[[カイメン]]を食べるものも知られている<ref name=bd/>。
* ''Priapulus'' [[エラヒキムシ属]]の [[エラヒキムシ]] ''P. caudatus'' はとげで覆われ、世界各地の冷たい海に生息しており,日本からは厚岸湾などで報告がある。フタツエラヒキムシ ''P. bicaudatus'' は[[北大西洋]]と[[北極海]]に生息する。
* ''Priapuloides'' 属の ''P. australis'' は南極海周辺に生息する。
* ''Halicryptus'' 属の ''H. spinulosus'' は北方の海に生息し、90m以浅の比較的浅い泥の中に住む。
 
== 系統進化 ==
かつて、偽体腔を持つ[[旧口動物]]は{{仮リンク|袋形動物|en|Aschelminth}}門にまとめられており、[[線形動物]]や[[内肛動物]]などとともに、鰓曳動物も袋形動物門の1[[綱 (分類学)|綱]]とされていた。しかし、袋形動物が[[単系統群]]ではないと考えられるようになったため、この門は使われなくなり、それぞれの綱は独立の門とされるようになった。鰓曳動物も同様で、独立の鰓曳動物門を構成するとみなされている<ref name=shira/>。
 
[[分子系統学]]の研究から、旧口動物は[[脱皮動物]]と[[冠輪動物]]の2つの系統群に分かれることが有力視されているが、鰓曳動物は脱皮動物に含まれると考えられている<ref name=bd/>。脱皮動物はその名の通り[[脱皮]]をすることが特徴で、鰓曳動物もそうである。脱皮動物のなかでは、鰓曳動物は[[動吻動物]]、[[胴甲動物]]と近縁と考えられており、この3群を併せて[[頭吻動物]](または{{仮リンク|有棘動物|en|Scalidophora}})にまとめることが提案されている<ref name=bd/>。頭吻動物は、体表に[[花状器官]]と呼ばれる微小な構造を持つという形質を共有する<ref name=bd/>。
 
== 化石 ==
[[ファイル:Ottoia burrowing.jpg|220px|thumb|[[バージェス生物群]]の[[オットイア]](復元図)]]
現代よりも[[古生代]]に繁栄したグループで、[[カンブリア紀]]の海では主要な[[捕食者]]だった<ref name=bru/>。[[バージェス生物群]]の一員として有名な[[オットイア]]も鰓曳動物である。古生物学者の[[スティーヴン・ジェイ・グールド|グールド]]は、鰓曳動物の衰退は、[[オルドビス紀]]に出現した、[[顎]]を持つ[[多毛類]]との競争に敗れたために起こった可能性を指摘している<ref name=gould/>。
 
== 分類 ==
鰓曳動物の現生種は10数種ほどが知られている。以下の2目3科に分類される<ref name=noda/>。
*[[プリアプルス目]] {{sname||Priapulimorpha}}
**[[ツビルクス科]] {{sname||Tubiluchidae}}
**[[プリアプルス科]] {{sname||Priapulidae}}
***[[ハリクリュプトス亜科]] {{sname||Harycryptinae}}
***[[プリアプルス亜科]] {{sname||Priapulinae}} - [[エラヒキムシ]]、[[フタツエラヒキムシ]]など
*[[セティコロナリア目]](セチコロナリア目) {{sname||Seticoronaria}}
**[[マッカベウス科]] {{sname||Maccabeidae}}
 
== 参考文献 ==
{{Wikispecies|Priapulida}}
{{Commonscat|Priapulida}}
{{デフォルトソート:えらひきとうふつ}}
{{reflist|refs=
<ref name=bru>{{cite book |last=Brusca |first=RC |coauthors=Brusca, GJ
|title=Invertebrates |edition= 2nd ed |year=2003 |publisher=Sinauer Associates, Inc. |isbn=9780878930975 |pages=365-368}}</ref>
<ref name=bd>{{cite book |和書 |author=沼波秀樹 |chapter=鰓曳動物門 |title=無脊椎動物の多様性と系統(節足動物を除く)|editor=白山義久(編集)|others=岩槻邦男・馬渡峻輔(監修)|year=2000 |publisher=[[裳華房]] |isbn=4785358289 |pages=pp.154-156}}</ref>
<ref name=shira>{{cite book |和書 |author=白山義久 |chapter=いわゆる袋形動物の系統関係 |title=無脊椎動物の多様性と系統(節足動物を除く)|pages=pp.157-158}}</ref>
<ref name=gould>{{cite book |和書 |last=グールド |first=SJ |authorlink=スティーヴン・ジェイ・グールド |titile=[[ワンダフルライフ (書籍)|ワンダフル・ライフ]] |pages=515-521 |year=2000 |origyear=1989 |translator=渡辺政隆 |isbn=4150502366 |publisher=早川書房 |series=ハヤカワ文庫NF}}</ref>
<ref name=noda>{{cite book |和書 |author=野田泰一 |chapter=プリアプルス門 |title=原色日本海岸動物検索図鑑 |editor=[[西村三郎]](編著)|volume=I |publisher=[[保育社]] |year=1992 |isbn=4586203011 |page=216}}</ref>
}}
 
{{デフォルトソート:えらひきとうふつ}}
[[Category:鰓曳動物|*]]