「ギルガメシュ叙事詩」の版間の差分
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{{Main2|人物およびそれに基づく作品等|ギルガメシュ}}
本項では特に記載がない限り、アッカド語、特にアッシリア語の翻訳名と内容に基づいて叙述した。また、ときに『ギルガメシュ叙事詩』の略称に「叙事詩」を用いている。
== 研究 ==
[[1172年]]に遺跡訪問が行われて以降、各国の研究者が調査と発掘を繰り返してきた。[[1854年]]、イギリスの調査団が多数の発掘品を掘り起こし、[[大英博物館]]へ持ち込まれると、[[1858年]]にはアッシリア語の解読が公式に認められた<ref group="出">{{Cite book|和書|author=[[矢島文夫]](訳)|year=1998 |title=ギルガメシュ叙事詩 |publisher=[[筑摩書房]] |isbn=4-480-08409-6 }}p140</ref>。
[[楔形文字]]で粘土版に記された『ギルガメシュ叙事詩』の断片が最初に見つかったのは[[1872年]]<ref group="出">{{Cite book|和書|author=[[月本昭男]](訳)|year=1996 |title=ギルガメシュ叙事詩 |publisher=[[岩波書店]] |isbn=4-00-002752-2 }}p283</ref>のことで、それは[[1853年]]にホルムズ・ラムサン([[:en:Hormuzd Rassam|en]])によってアッシリア遺跡から発見された遺物の1つに記されていた。大英博物館の修復員であるジョージ・スミス([[:en:George Smith (assyriologist)|en]])が解読を進め、『聖書』と対比される「[[大洪水]]」の部分を見つけたのである。この発見と発表は大きな旋風を巻き起こし、有名になった。初めのうちは神話と見なされていたが、その文学性に注目が集まり19世紀末には更に研究が進み、G・スミス没後15年の時を経た[[1891年]]、1人の研究者が登場人物の名を「ギルガメシュ」と初めて正しく読むことに成功する。以降[[1900年]]の独訳を嚆矢に各国語への翻訳が進み、各地の神話、民話との比較が盛んになる。[[1930年]]には[[セム語派|セム語]]を用いた『ギルガメシュ叙事詩』をカムベル・トムソンが刊行し、それは後の翻訳に関する全ての基盤となるとともに、各著者によって叙事詩の改訂増補が成されていった<ref>矢島『ギルガメシュ叙事詩』p138~p144</ref>。
== 成立 ==
主人公の[[ギルガメシュ]]は[[
時代が下がるとともに主題や思想が組み込まれ、シュメール伝承を基に[[紀元前1800年]]頃に最初のアッカド語版が完成すると、中期バビロニア版、ヒッタイト語版、フルリ語版など様々な[[方言]]に区分されるようになる。標準版と呼ばれるものは、それらの区分された版とは別に標準バビロニア語を用いて編集されたアッカド語版のことを指す([[紀元前12世紀]]成立<ref>月本『ギルガメシュ叙事詩』p285</ref>)。[[アッカド語]]にはアッシリア語や古バビロニア語など、方言程度の違いを有する幾つかの言語を含み、特にどの方言か明瞭でない場合にアッカド語、またはセム語と呼称する<ref>矢島『ギルガメシュ叙事詩』p152、p202</ref>。
和訳は[[矢島文夫]]により完成し、[[1965年]]に[[山本書店]]から、その33年後には文庫化に伴い、『[[イシュタル#イシュタルの冥界下り|イシュタルの冥界下り]]』を加えた増訂版がちくま学芸文庫として[[筑摩書房]]から刊行された。
==
ウルク都城の王ギルガメシュは、
彼らは常に行動を共にし、様々な冒険を繰り広げる。昔日の暴君とは異なるギルガメシュと、野人としての姿を忘れ去ったエンキドゥはウルクの民から讃えられる立派な英雄となっていた。だが、冒険の果てに彼らを待っていたのは決してかんばしいものではなかった――。
== 登場人物 ==
他の神話や
=== 主要人物 ===
;[[ギルガメシュ]]〔シュメール名:ビルガメシュ<ref name="kobayashi">『シュメル神話の世界』p224</ref>〕([[:en:Gilgameš|
:主人公。その体は3分の2が神、3分の1が人間の、ウルク第1王朝第5代の王。
;[[エンキドゥ]]([[:en:Enkidu|Enkidu]])
:ギルガメシュの友。アルルによって粘土から
;[[ルガルバンダ]] ([[:en:Lugalbanda|Lugalbanda]])
:ギルガメシュの父で牧夫。ウルク第1王朝第3代の伝説的な王
;[[リマト・ニンスン]]([[:en:Ninsun|Ninsun]])
:ギルガメシュの母。ルガルバンダの配偶神。その名は「雌牛の女主人」の意で知恵と夢解きの女神
;[[シャマシュ]]〔シュメール名:ウトゥ<ref name="kobayashi" />〕([[:en:šamaš|Ud]])
:正義を司る[[太陽神]]でイシュタルの兄。ギルガメシュ専属の守護神<ref group="註">ルガルバンダのような守護神とは別に
;[[エンキ|エア]]〔シュメール名:エンキ<ref name="kobayashi" />〕([[:en:
:知恵を司る[[深淵]]の[[水神]]。
;[[イシュタル]]〔シュメール名:[[イナンナ]]<ref name="kobayashi" />〕([[:en:Inanna|Ishtar]])
:光を司り[[金星]]を象徴する愛と美の女神。大地母神の血を引く戦や豊穣の女神
;[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]〔シュメール名:アン<ref name="kobayashi" />〕([[:en:Anu|An]])
:イシュタルの父で天空を司る最高神。エンリルによる天地分離を機に権力は衰え失脚したが、神々が行う会議を主催するなどその地位は時代が下がっても変わっていない。イシュタルにせがまれ[[グガランナ|天の雄牛]]を
;[[エンリル]]〔シュメール名:ヌナムニル<ref group="出">{{Cite book|和書|author=[[三笠宮崇仁親王]](監)/小林登志子・岡田明子|year=2000 |title=古代メソポタミアの神々 |publisher=[[集英社]] |isbn=4-08-781180-8}}p251</ref>〕([[:en:
:神々の王で空を司る
;[[アトラ・ハシース|ウトナピシュティム]]〔シュメール名:ジウスドラ<ref name="kobayashi" />〕([[:en:Atra-Hasis|Utnapishtim]])
:「大洪水伝説」の主人公。エアの教えで箱舟を作り、少しの人類と動物たちを乗せ大洪水から逃れた。この功績が認められ神々から不死の体を与えられる。ウトナピシュティム/ジウスドラという名は「生命を見た者」<ref>矢島
;[[フンババ]]〔シュメール名:フワワ<ref name="kobayashi" />〕([[:en:Humbaba|Huwawa]])
:腸を丸めたような顔をした、[[レバノン杉]]の森に住む番人。その叫び声は洪水、その口は火、その息は死。七層の光輝
;[[天の雄牛|グガランナ]]([[:en:Gugalanna|Gugalanna]])
:自分を振ったギルガメシュを殺害しウルクごと滅ぼすため、イシュタルがアヌを脅して
=== その他の人物 ===
;[[シ
:ギルガメシュ
;[[シドゥリ]]([[:en:Shiduri|Shiduri]])
:ギルガメシュが旅の途中で出会った酒屋、或いは料理屋の女将。アッカド語で「乙女」の意<ref group="註">古バビロニア版では女主人とだけ書かれ正式な名はないが、ヒッタイト語版では「酒の女」、フルリ語版では「若い女」と訳されている。([[#矢島|矢島]] p156、p189)</ref>。神印が付いていることから神、特にイシュタルの化身ではないかとも言われている<ref>『世界女神大辞典』p222</ref>。不死を求め彷徨い歩くギルガメシュに、人生を楽しみなさいと諭した。
;[[ウルシャナビ]]([[:en:Urshanabi|Urshanabi]])
:ウトナピシュティムに仕える船頭。ギルガメシュを船に乗せ、死の海を渡りウトナピシュティムの元へ案内した。更にギルガメシュの旅の疲れを癒すため洗い場へ連れて行ってやり、新しい服を纏わせた。ギルガメシュがウルクへ帰る際には最後まで付き添っている。
;[[ニンフルサグ|アルル]]〔シュメール名:ニンフルサグ<ref name="okada" />〕([[:en:Ninhursag|Ninhursag]])
:粘土をこねてエンキドゥを造った女神。創造神でエンリルの妹、または配偶神。名前は「山の女主人」の意<ref>『世界女神大辞典』p233</ref>。メソポタミアにおける王たちの守護女神で、[[ケシュ]]、[[ラガシュ]]、アル・ウバイドに神殿を持つ<ref>『古代メソポタミアの神々』p248</ref>。
;[[エレシュキガル|アルラトゥ]]〔シュメール名:エレシュキガル
:
;ウルクの長老たち
:ギルガメシュに面と向かって異を唱え、諌めることができる立場の者。標準版では重要案件に関わる長老会に属する助言者として、「我らは王(ギルガメシュ)を信頼した。王も王として我らを信頼してほしい」と語る場面がある<ref>月本『ギルガメシュ叙事詩』p35</ref>。
==構成==
通称
*発見年:[[1849年]]
*発見場所:[[ニネヴェ (メソポタミア)|ニネヴェ]]の[[アッシュールバニパルの図書館]]
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===粘土版 1===
「全てを見たる人」として導入されるギルガメシュ
===粘土版 2===
シャムハトはエンキドゥに人間の食物を与えたりと人間らしさを培った。シャムハトに連れられエンキドゥはウルクを訪れる。ギルガメシュとの格闘の後、エンキドゥとギルガメシュは互いの力を認め友だちになる。
===粘土版 3===
ギルガメシュは杉を持ち帰るため、杉の森に住む怪物フンババを倒すことをエンキドゥに提案。ギルガメシュは母である女神ニンスンを訪問すると、ニンスンは太陽神シャマシュに2人の加護を祈り、エンキドゥを養子に迎え入れ
===
長老たちは初め、フンババとその見張りは強いので危険であるとし、ギルガメシュに「年が若いから気持ちがはやっている」と言って遠征に反対したが、シャマシュの加護があることを祈って結果的に承諾することとなった。杉の森はシャマシュが所轄しているため、遠征に際しその成功と無事を祈祷する前、ギルガメシュがシャマシュに杉森への立ち入りを申し出て許可をもらうシーンがある。
アッカド語版で言う杉とはレバノン杉と同定であるが、しばしば香柏とも言われ、[[針葉樹]]一般を指す。またその目的地は西方となっているが、一説には東方に位置する[[ザグロス山脈]]にあたる地域であるとも考えられている<ref>『シュメル神話の世界』p239</ref>。
===粘土版 4===
2人は45日分に及ぶ距離(1500㎞<ref>矢島『ギルガメシュ叙事詩』p65</ref>)を3日間で歩いた。更に歩き進め森の入口に到着すると、フンババの手下がいて見張りをしていた。それを見たギルガメシュは怖気づくが、エンキドゥとシャマシュの励ましを受け、見張りの者たちと戦う。エンキドゥは呪いの掛かった門に触れて手に思わぬ痛手を負うも、今度はギルガメシュが励まし、2人は森へ入って行く。
==== 補足 ====
シャマシュはギルガメシュ
2人が森へ入る直前、「フンババはまだ7つの鎧の内1つしか身につけていないから、今のうちに急いで打ち倒しなさい」と言うシャマシュの助言を受け、2人は急いで山に近づく。その時フンババが異変に気付き、洪水の如く激しい叫び声を上げたために2人は怖気づいてしまう。
4版は破損が多く、推察されたものが多い。補足内容は月本訳に準拠したもの。
===粘土版 5===
2人は杉の森に入る。杉の立派さに心を奪われるが、ほどなくしてフンババが駆けつけてきた。戦いが始まると、山は揺れ空は暗くなる。シャマシュは「恐れるな」と声を掛けると、「大なる風、北風、南風、つむじ風、嵐の風、凍てつく風、怒涛の風、熱風」に及ぶ8つの風<ref group="註">月本訳では13の風。([[#月本|月本]] p59)</ref>を起こして援護し、フンババを降参させた。するとフンババが命乞いをするので、ギルガメシュは聞き入れようとするがエンキドゥは殺すことを勧める。ギルガメシュが第1撃を、エンキドゥが第2、第3と切り付けフンババは息絶えた。山はざわめきを上げて静まり返り、森にも静けさが戻った。2人は杉を伐って船を造り、杉の大木とフンババの首を持ってウルクへ帰還する。
==== 補足 ====
矢島訳では第5の書版に夢解きの内容が入り、フンババとの戦いに関しては比較的控え目な演出となっている。月本訳においては夢解きが第4版に記され、第5版はフンババとの戦いを中心に会話が幾らか多めに展開する。例として、フンババが「お前の喉と首を噛み砕く」と言ってギルガメシュを脅したり、エンキドゥにはギルガメシュを連れてきたことに不満と疑問を漏らした。古バビロニア版ではフンババの最期をフンババが持つ7層の光輝に倣って「7つの恐れが殺された」と表現しているほか、シュメール版ではギルガメシュが策略を用いて知将性を発揮するなど、フンババ征伐までの流れは粘土板によってバリエーション豊かである。ただしシャマシュが介入していることと、エンキドゥのフンババを絶対に始末する、という姿勢に大きな差異は認められない。
エンキドゥがフンババの命乞いを却下したのは、フンババの反撃、或いはエンリルに密告されることを恐れたためである(ギルガメシュとエンキドゥはフンババを森の番人として差し向けたのがエンリルだと知っていたことが、文中から読み取れる)。その実エンリルを怒らせないための対策として、2人はあらかじめエンリルの住むニップル市に[[ユーフラテス川]]から杉を運び込み奉納していたが、エンリルはギルガメシュたちが持ち帰ったフンババの首を見た途端、激怒している。その後エンリルはフンババが持つ7層の光輝を地上の各地に振り分けるという処置を行い、フンババ征伐一連の物語は締めくくられる。
===粘土版 6===
ウルクに凱旋したギルガメシュは髪を洗い身を清め、王の衣服を纏った。その美しく立派な姿に目を上げた愛と美の女神イシュタルは、すぐさま彼に求婚する。ギルガメシュは「あなたをもらうのに何を差し上げたらよいのか」と語り始めると、イシュタルの愛人(配偶神[[タンムーズ|ドゥムジ]]など)の悲惨な末路を数え上げ、その不貞を指摘し求婚を断った<ref group="註">このときギルガメシュが発した雑言の数々は、ほとんどが推定的な訳となっている。([[#矢島|矢島]] p244)</ref>。
イシュタルは立腹し、ギルガメシュを殺害しウルクごと滅ぼすため、父アヌに聖牛グガランナを送ることを求めるがアヌは拒否する。イシュタルは冥界から多数の死者を蘇らせ、地上に生ける者を喰わせると言ってアヌを脅し、グガランナを造らせた。グガランナがイシュタルに導かれウルクを破壊していくと、ユーフラテス川の水位が下がり、地上はえぐられ、多くの人間が命を落とす。ギルガメシュとエンキドゥはウルクの危機に駆けつけ、2人協力してグガランナを倒しその心臓をシャマシュに捧げた。更にイシュタルは怒り、ギルガメシュに向かって呪いを吐いた。怒ったエンキドゥは雄牛から腿を引きちぎり、それをイシュタルの顔面に投げつけて「お前も成敗してやろうか」などと言い放つ。イシュタルは退き、嘆いた。ウルクは歓喜し、2人の英雄ギルガメシュとエンキドゥを讃えた<ref group="註">月本訳で讃えられるのはギルガメシュのみであり、それを本人が望んだとある。また、そういったことから「友と平等に扱われなかった」としてエンキドゥが悲嘆するシーンがあるが([[#月本|月本]] p80、p86、p332~p336)、矢島訳では2人が同時に讃えられていると同時に、エンキドゥがギルガメシュに嫉妬するような描写も特に見当たらない。([[#矢島|矢島]] p86~p87)</ref>。
その夜、エンキドゥは不吉な夢を見た。その内容をギルガメシュに語り出す。「何故、大神は会議を開いているのか<ref group="註">シュメールにおける7大神は天神[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]・風神[[エンリル]]・水神[[エンキ|エア]]を筆頭に、月神[[シン (メソポタミア神話)|シン]]・太陽神[[シャマシュ]]・明星神[[イシュタル]]・大地母神[[ニンフルサグ]]を指すが、会議に出席したであろう神々の名が確認できるのはアヌ・エンリル・エア・シャマシュの4名のみ。</ref>」。
==== 補足 ====
イシュタルはギルガメシュ凱旋の噂を聞きつけ、その様を見ようとエアンナから王宮へ出掛けた際に惚れたようである。また、イシュタルと結婚することは「[[ヒエロス・ガモス|聖婚儀礼]]」に連結し、「神の座に就くこと」を意味する。ギルガメシュは半神でありながら、常に人間の側に立った行いをしてきた王であり、神格化することに己の崩壊を垣間見た。故にギルガメシュがイシュタルの求婚を受け入れなかったのは、自身の神格化を拒絶したということに等しい<ref>月本『ギルガメシュ叙事詩』p334</ref>。
ギルガメシュは雄牛を始末した後、[[ラピスラズリ]]で出来た角に入っていた約250リットルの油をルガルバンダに贈り、角の方はギルガメシュが自身の寝室に飾った。シュメール版では異なり、ギルガメシュは雄牛の肉を貧しい子どもたちに分け与え、角はイシュタルに奉献されている。
===粘土版 7===
130 ⟶ 142行目:
森番フンババと聖牛グガランナを倒したために、2人のうち1人が死なねばならぬとアヌは言った。エンリルはギルガメシュの死を望まず、「エンキドゥが死ぬべきだ」と言った。シャマシュは「(ギルガメシュたちは)自分の命令に従って牡牛どもを殺したのに、何故エンキドゥが死なねばならぬのか」と反論する。エンリルは答えた。「何故ならば、お前(シャマシュ)は毎日あの2人(ギルガメシュとエンキドゥ)の仲間であるかのように行動するからだ」。
エンキドゥは夢を語り終えると、病み倒れて泣いた。エンキドゥの涙を見たギルガメシュはエンリルに祈りを
===粘土版 8===
夜明けの光とともに、ギルガメシュは
===粘土版 9===
埋葬を終えたギルガメシュは荒野を彷徨い、エンキドゥの死にはげしく泣いた。次第に死の恐怖に怯えるようになり、ギルガメシュは永遠の生命を求め旅立つ決意を固めた。「大洪水」の生存者、神によって妻とともに不死を与えられたウトナピシュティムに、不死のことを聞き出すための旅である。
ギルガメシュは地の果てでマシュ山([[:en:Mashu|Mount Mashu]])の双子山に着く。そこには門を守る2人のサソリ人間が居た。サソリ人間たちはギルガメシュが半神であることを見抜き、何故こんな所までやって来たのかを問うた。ギルガメシュは訳を話すが、サソリ人間は「この先の山は暗闇に包まれ、入ってしまえば出ることは出来ない」と言ってギルガメシュを引きとめる。しかしギルガメシュの意志は固く、ついにサソリ人間は山の門を開いた。ギルガメシュは120kmの暗闇を歩き抜き、宝石や[[
===粘土版 10===
シャマシュはギルガメシュの姿を見て困惑し、どこまで彷徨い歩くのか尋ね、「求める生命が見つかることはないだろう」と話す。ギルガメシュは自分なりの答えを言い、先へ進んだ。
ギルガメシュは海辺で酒屋の女将シドゥリに出会い、旅の目的を尋ねられたのでこれまでの経緯を話す。ここでもシドゥリから「求める生命を、あなたが見つけることは出来ないでしょう」と言われ、人間はいずれは死ぬものだと
===粘土版 11===
153 ⟶ 165行目:
生き残った者がいることを知ったエンリル神は怒り、[[ニヌルタ]]神は言った。「エア以外に誰がこんなことをしようか」と。エア神は「洪水など起こさずとも、人間を減らすだけでよかった」、「ウトナピシュティムに夢を見させただけで、私は何もしていない。彼らがただ賢かったのだ。今は助かった者たちに、助言を与えるべきであろう」と話す。そしてエンリル神はウトナピシュティムに永遠の命を与えた。ウトナピシュティムは遥かなる地、2つの川の合流地点に住むこととなった。
ウトナピシュティムが話し終え、6日6晩の間眠らずにいてみよと告げるが、ギルガメシュには眠りが雲のように漂った。妻に促されたウトナピシュティムがギルガメシュを起こすと、ウルシャナビに彼を洗い場へ連れて行ってやるように言う。洗い終えたギルガメシュはウルシャナビと船に乗った。ウトナピシュティムは妻のとりなしにより、ギルガメシュを呼び寄せ若返りの植物「シーブ・イッサヒルアメル<ref group="出">{{Cite book|和書|author=[[矢島文夫
==== 補足 ====
旅の成果がギルガメシュにとっていかがなものであったかに注目が及ぶが、不死を得た者が言うには、永遠の命は神々からの贈り物であってウトナピシュティム自身があずかり知ることではなかった。ギルガメシュは若返りの薬すら手に入れられず、最終的に永眠しているため、旅の果てに永遠の命を諦めたとも、最後には死の恐怖を克服したとも受け取れるというが、こういった締めくくり方は書き手によって表現、判断が異なる傾向にある。
===粘土版 12===
粘土版 1-11 とは独立。神々の名がシュメール語で呼ばれていることにも注意。
天地が創造されてしばらく経ったある時、[[ユーフラテス川]]のほとりに[[ヤナギ|柳]]の木が生えていた。木が南風により倒れると、川の氾濫が起きて柳の木が流されていく。これを見つけたイ
==== 補足 ====
題名は『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』、古代の書名は『古の日々に』。古バビロニア時代([[紀元前2000年]]頃)では学校の教材にもなっていた<ref>『シュメル神話の世界』p243</ref>。全文およそ300行を越える長さの物語だが、まったく神話風のものとなっていて解釈が難しく、前版との続き具合も明らかに不自然である。天地創造から始まる複雑な内容でもあり、叙事詩本編からは完全に切り離されて収録された。
文学性は「死後の世界」と「生死観への答え」であり、第8版に見るエンキドゥの埋葬儀礼にその背景が示される。当時シュメール人は、人は死んだら冥界に行くものと考えていた<ref>『シュメル神話の世界』p246</ref>。死者が冥界で歓迎されることとそこでの暮らしが難儀にならないよう、葬儀は手厚く執り行い、埋葬後も死者へ供物を捧げる習慣があった。そういった故人を懇ろに扱うことの必要性を説いているとされる<ref>『シュメル神話の世界』p243~p247</ref>。
== 叙事詩に採用されなかった物語 ==
===
[[キシュ]]の王[[アッガ]]はウルクの王
==== 解説 ====
物語は
また、物語にはイナンナ(イシュタル)が関与しており、『ギルガメシュとアッガ』は「論争詩」というシュメール文学の一分野に筋立てされた論争的モチーフで描かれている。イナンナがギルガメシュとアッガ、どちらが自分に相応しいかを戦の女神としての視点から観察しており、更にはギルガメシュの手指が綺麗であるという観点から、イナンナ自身の目線で好む男性はギルガメシュの方ではないだろうか、という彼女の主観が示されている<ref>『シュメル神話の世界』p255</ref>。
論争的モチーフを介して都市と都市の対立を語る作品であると認められながらも、『ギルガメシュとアッガ』に安易に史実を見出してはならないとの指摘もある。ギルガメシュの人間離れした英雄性を伝えるという点では、叙事詩の枠を飛び越えれば数あるシュメール文学の中で比肩しても明確には孤立しておらず、孤立していたとしてもそれが史実の反映に直結するとは言えない。故に戦争や征服に関する客観的な記録ではなく、ギルガメシュの英雄的功業を讃えることやイナンナの好意を競うことに主題を見出すことも可能である<ref group="出">{{Cite book|和書|author=前田徹 |year=1982 |title=メソポタミアの王・神・世界観 |publisher=出川出版社 |isbn=4-634-64900-4 }}p138~p144</ref>。
=== ギルガメシュの死 ===
ギルガメシュは不老不死の秘薬を求める旅から帰国した後も王として国を治め、城壁を完成させるなど成すべきことを果たしたとされている<ref>『シュメル神話の世界』iii、p259</ref>。ギルガメシュは死が近くなるとエアの薦めで墓の造営に取り組み、冥界の女神[[エレシュキガル]]の住まう宮殿の神々に供物を捧げて眠りについた。王の最期をウルクの民は嘆き悲しみ、その死を悼んだ。
==== 解説 ====
死者を弔うことや副葬品を用意することの意味が間接的に伝えられるが、物語の主人公が死んでしまってはまとまりが悪いとして、叙事詩に取り入れられることはなかった。代わりに第8版で描かれたエンキドゥの埋葬が対応している<ref>『シュメル神話の世界』p250</ref>。
== 文学性 ==
世界最古の教養小説として名高く、友情の大切さや、
=== 構成 ===
叙事詩は12の書版で成り立つが、ギルガメシュに焦点を当てると大きな5つのまとまりに振り分けることができる<ref>月本『ギルガメシュ叙事詩』p307~p313</ref>。
{|
! 前半
|(1)エンキドゥとの出会い
|-
!
|(2)杉の森への遠征(西方):人は死すべきものと認識したうえでの行い:共同の旅・成功
|-
! 繋ぎ
|(3)イシュタルの誘惑・聖牛退治
|-
! 後半
|(4)エンキドゥとの死別
|-
!
|(5)不老不死の追及(東方):人の死すべき在り方を否定するための行い:孤独な旅・失敗
|}
前半はエンキドゥとの出会いとフンババ征伐、繋ぎにイシュタルの誘惑、後半にエンキドゥとの別れと不死の探求という5つである。ギルガメシュの前半における英雄的信条がエンキドゥの死によって脆くも放棄されたように、ギルガメシュの起こす行動のきっかけ・内容・結果がエンキドゥとの友情を軸にして見事に対応するとともに対称的である。にもかかわらず物語全体が違和感なく首尾一貫しているのは、イシュタルの誘惑と聖牛退治という前半と後半を橋渡しする重要かつ自然な事象が繋ぎとして配置されたからであろう。また、場面展開の前にはギルガメシュかエンキドゥのどちらかが夢を見ており、その夢による予告機能は、物語の緊張感を促すことに貢献している。行単位で認められる対句法、語呂合わせ、周壁持つウルク・天なるシャマシュのような[[枕詞]]など、説話文学的な表現技法も認められる。冒頭で触れたように、物語の1つ1つは元来シュメール語で成立したが、古バビロニア版が翻訳されるまで2人の友情関係は描かれていなかった。こうした改変の一種もまた、叙事詩を構成する上で貴重な役割を果たしたと言える。
=== 主題 ===
フンババ征伐に見る「勇気ある者の冒険譚<ref group="出">{{Cite book|和書|author=[[金子史朗]] |year=1990 |title=レバノン杉の辿った道 |publisher=原書房 |isbn=4-480-08409-6}} p39</ref>」、『ギルガメシュとアッガ』から「英雄的行動の描出<ref>『メソポタミアの王・神・世界観』p141</ref>」のように、1つの説話からメインテーマを見出すこともできるが、全体を見通し様々な観点から叙事詩を俯瞰すると、「不死の追及」・「友情」・「シャマシュ信仰」・「主人公の精神遍歴」が浮かび上がる<ref>月本『ギルガメシュ叙事詩』p313</ref>。ただし、主題と言ってもそれらは初めから客観的に備わっているものではなく、あくまで叙事詩を読み解く可能性を探るためのものである。
'''不死の追及''':近代ではシュメール民族による伝承に基づき、セム民族が組み込んでいったバビロニア独自の人生観であるとの見解が示され、「人は死から免れることは出来ない」と認識すること、すなわち人類の精神史における神話時代からの脱却と理性の目覚めを意味しているとされた<ref>矢島『ギルガメシュ叙事詩』p198</ref>。
'''友情''':第6版の注釈でも触れているように、ときにエンキドゥがギルガメシュと対等ではなかったかのように叙述されることもあるが、それでも2人の絆に傷が生じることはなかった。エンキドゥがギルガメシュの元から去ることで友情の限界を描きたかったわけではなく、友情の意義そのものを問いているのであれば、その友情が永遠ではなくとも、異なる2つの魂の出会いという最古の友情物語であったと言える<ref>月本『ギルガメシュ叙事詩』p324</ref>。
'''シャマシュ信仰''':シャマシュ信仰に見る個人神崇拝の概念が、叙事詩に取り入れられたとする見方である。シャマシュは神として至高の位を占めることはなかったが、多くの崇拝地を持つことも知られている。彼への言及が直接的かつ登場回数の多い神話も『ギルガメシュ叙事詩』に偏り、加えて本来発揮するべき神性が前面に出ることはなく、ギルガメシュの個人神としての側面が強い。ただしその活躍は、版によって加減されている。
'''主人公の精神遍歴''':フンババ征伐時の勇敢な英雄的信条、神格化の拒絶、死への恐怖、不死の追及と、ギルガメシュの精神は物語の進行とともに変化するが、最終的に何を感じ、思い、学び、その最期を迎えたのか、叙事詩は答えない。読者に残す教訓は、上述のように「人は死すべき存在である」という生死観の在り方なのかもしれないが、ギルガメシュの不死希求が結果的に失敗に終わったからといって、その旅が無意味なものであったとか、逆に新しい人生観を得て日常へ回帰したとは言えず、たとえそれが事実たらしめたとしても、叙事詩はそのような結末を端的に伝えはしなかった。「あらゆる苦難の道を歩んだ」主人公自身の軌跡こそが『ギルガメシュ叙事詩』であり、それらが伝承として刻まれたという事実のみがギルガメシュという1人の英雄を築き上げたとすれば、それそのものが唯一残され、現代に生きているのである。
== 影響 ==
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このほかの旧約聖書の内容や[[ギリシア神話]]にも、この物語が原型と考えられているものがある。例えばエアがウトナピシュティムに洪水を知らせる部分は、ギリシア神話における「ミーダース王のロバの耳」に類似しており、ギリシア神話の[[アフロディーテ]]および[[ローマ神話]]における[[ウェヌス|ヴィーナス]]の原型であるとされるイシュタル自身の存在が挙げられる。このように最初の粘土板写本が発見された[[1872年]]以後の文学作品にも大きな影響を与えた。
==ギルガメシュを題材にした作品==
=== 和書・和訳書 ===
* [[梅原猛]]著 『ギルガメシュ』[[新潮社]]、1988年、ISBN 4-10-303009-7。
* [[矢島文夫]]訳 『ギルガメシュ叙事詩』 [[山本書店]]、1965年。
* [[月本昭男]]訳 『ギルガメシュ叙事詩』 [[岩波書店]]、1996年、ISBN 4-00-002752-2。
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* ルドミラ・ゼーマン著 松野正子訳 『ギルガメシュ王さいごの旅』 岩波書店、1995
=== 音楽作品 ===
==== 合唱曲 ====
* [[青島広志]]作曲 : ア・カペラ男声合唱とナレーターのための「ギルガメシュ叙事詩」(1982年 - 1983年作曲)<ref group="註">歌の部分は矢島文夫の訳詩(筑摩世界文学大系Ⅰ 古代オリエント集)に、語りの部分は[[山室静]]の著書(児童世界文学全集 世界神話物語集)に基づいた作品。</ref><ref group="註">1982年に「出発の巻」が、1983年に「帰郷の巻」が、それぞれ関西学院グリークラブにより初演されたが、当時はそれぞれ「前編」「後編」と題されていた。</ref><ref group="註">1992年に、合唱/[[関西学院グリークラブ]] 指揮/[[北村協一]] ナレーション/青島広志にて、[[東芝EMI]]よりCDが発売されている。</ref>。
==== 管弦楽曲 ====
*[[ベルト・アッペルモント]]作曲 : 交響曲第1番『ギルガメシュ』(Symphony No.1 Gilgamesh) - 『ギルガメシュ叙事詩』を題材にした[[交響曲]](2003年作曲)。
=== テレビゲーム ===
*[[バビロニアン・キャッスル・サーガ]]シリーズ
:ナムコ(後の[[バンダイナムコエンターテインメント|バンダイナムコゲームス]])から発売された1986年のアーケードゲーム『[[ドルアーガの塔]]』を第1作とするテレビゲームのシリーズ。世界観やキャラクターの名称、造詣等にバビロニア神話やギルガメシュ叙事詩の影響が色濃い。
== 関連項目 ==
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* [[汎バビロニア主義]]
* 杉の森([[:en:Cedar Forest|Cedar Forest]])
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist|2}}
<references group="※"/>
=== 註釈 ===
<references group="註"/>
=== 出典 ===
<references group="出"/>
== 外部リンク ==
* [http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm ギルガメシュ叙事詩] - ニネヴェ出土のアッシリア語版に準拠した話が読める。
{{Normdaten}}
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[[Category:ギルガメシュ叙事詩|*]]
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